▼書道のかな作品に「散らし書き」という書き方がある。行の長さをそろえず、墨の潤渇、線の太さを変化させる。文字の傾きや配置、余白を含めて表現する日本独自のスタイルだ

 ▼1行書きを基本とする俳句の世界に、散らし書きのような「多行形式」を提唱・実践したのが本県ゆかりの高柳重信(1923~83年)である

 ▼東京生まれだが両親は本県出身。空襲で家を焼かれ、戦中戦後の一時期を群馬で過ごした。終戦は軍用機の部品などを製造していた理研工業前橋工場で迎えた。その日のことを〈蝶舞へる遠き茜は涙ぐましも〉と詠んでいる

 ▼俳句の多行形式は戦前からあったが、青年たちによる戦後の俳句改革の中で重信が中心となって取り組んだ。世に問うたのが句集『蕗子』。〈身をそらす虹の/絶巓(ぜってん)/処刑台〉。ここでは行替えを斜線で示すしかないが、「処刑台」の3文字は断首の刃が落ちたかのように行頭ではなく行末に置かれている

 ▼〈船焼き捨てし/船長は//泳ぐかな〉。船を焼き捨てるというドラマ性と、空白の1行が生み出す独自の間。沈みゆく船と運命を共にするかと思いきや、船長が泳ぎ出すという意外性。句はさまざまに解釈され、俳壇を揺さぶった

 ▼難解な前衛俳句が多いが、純朴な若書きの句も残している。〈きみ嫁けり遠き一つの訃に似たり〉。何とも言えない喪失感に胸がうずいたのは、筆者だけではあるまい。