▼「人間的表現が豊かなオーケストラに育てたい」。1981年3月、ベルリン芸術大学教授でバイオリニストの豊田耕児氏が、群馬交響楽団の第2代音楽監督就任の記者会見でこう述べた

 ▼ベルリン放送交響楽団の第一コンサートマスターを長く務め、国際舞台で活躍する豊田氏がなぜ、累積赤字に苦しむ地方の交響楽団に深くかかわることになったのか

 ▼豊田氏は、ベルギーの小さな町まで駆けつけた群響専務理事、丸山勝広氏の熱意に感激したと語っている。豊田氏はいくつかの提案をした。そのなかに、世界の一流の演奏家を招き、指導を受ける「アカデミー」があった

 ▼これを受け、多くの曲折の末に80年夏から始まったのが「草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティバル」だった。日本では例のない試みは大きな反響を呼び、今年、33回目を迎える

 ▼群響の歴史には節目ごとに次の飛躍を促す人物が登場する。とりわけ大きな役割を担ったのが音楽監督だ。豊田氏の前任の遠山信二氏は常任指揮者も務め群響の危機を何度も救った。第3代の高関健氏は初の欧州公演を成功させ、楽団の変革を成し遂げた

 ▼来年度から第4代に就く東京交響楽団常任指揮者の大友直人氏は「今の時代にマッチした魅力ある楽団にしたい」と意欲を語った(24日付本紙)。個性を発揮し、新しい風を吹かせてほしい。