▼女王、卑弥呼(ひみこ)の邪馬台国を記載した中国の史書といえば『魏志』倭人伝。その中にある〈いね・いちび・麻をうえ、蚕をかい、糸をつむぎ…〉(岩波文庫)の一節は、日本での養蚕を示す最古の記録という

 ▼古代から連綿と受け継がれてきた養蚕、製糸の営み。それが近代日本を代表する産業に成長する引き金となったのは1872(明治5)年操業の富岡製糸場だ

 ▼政府が欧米の高級絹製品の素材となり得る上質な生糸生産を可能にする模範工場として設立した。関連施設とともに絹の大衆化、近代群馬の礎を築く上で果たした役割は大きい

 ▼文化審議会の特別委員会が本県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」を2014年の世界文化遺産登録を目指して国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦することを了承した。順調に登録されることを願うばかりだが、それとともに遺産群に関わった人々や本県を絹産業先進県たらしめた当時の養蚕製糸農家のことも忘れてはなるまい

 ▼ことしは国連が定めた「国際協同組合年」。地域の絆を強め、共に発展するという協同組合の活動理念は産業革命を経て生まれたが、日本でいち早く取り入れて組合製糸を設立したのは本県の養蚕製糸農家だった

 ▼進取の精神で時代を切り開いた先人の気概もまた、大きな「遺産」だ。蚕糸業が困難な時代、学ぶところは多い。