▼炎暑の8月は日本人にとって広島・長崎の原爆の日、終戦記念日へと続く慰霊の月だ。本県には乗客乗員520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故もある。きょうは事故から35年。鎮魂の思いを深くする人も多いだろう

 ▼遺族でつくる「8.12連絡会」事務局長の美谷島邦子さんに、事故現場の上野村から前橋市内へと向かう車中で話をうかがったことがある。息子を亡くした悲しみを隣で聞き、涙で目の前の風景がぼやけた

 ▼美谷島さんは9歳だった健ちゃんを1人で事故機に乗せてしまったことをずっと悔やんでいた。事故を報じる新聞に載った息子の写真を見て、胸が張り裂けそうだった

 ▼「健は死んでいない。絶対に連れて帰る」。夫の善昭さんと煙の上がる尾根を目指した。だが墜落現場は想像を絶する惨状だった。座席付近はまだくすぶり続けていた。機体にジュースを注ぐと、ジューと音がした

 ▼最初に見つかったのは右手。「爪を見たら分かった。体はなかったが、手を握りしめることができた。これだけは本当に良かったと思う」

 ▼美谷島さんはその後、人生を懸けて空の安全を訴えてきた。列車やバス事故の遺族と連携し、津波で家族を失った東日本大震災の被災者とも交流する。今年も墓標の前に立った。「これからも一緒に歩いていこうね」。そう呼び掛けた。