奥谷亘監督

 上毛新聞で第29期オピニオン委員を務めたSUBARU(スバル)陸上部の奥谷亘監督が、1日の全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝)で過去最高の2位に入ったことを受けてコラムを寄稿した。前回大会の出場権を逃してから躍進を遂げるまでの1年を振り返った。

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 1日のニューイヤー駅伝でスバルは準優勝しました。新型コロナウイルス感染症の影響で沿道の応援自粛が呼びかけられましたが、中継を通して選手の頑張りが伝わったのでしょう。多くの方に喜んでいただき、本当に結果が出て良かったと感じています。レースを迎えるまで苦しかった分、本番は駅伝を楽しむことができました。

 前回大会は東日本予選で敗退し、20年続いた出場が途絶えました。上毛新聞のオピニオン委員を始めた時期と重なり、急きょコラムを差し替えたことを覚えています。「群馬のチームとしてニューイヤー駅伝で頑張ることが使命である」との内容でしたが、出場すらかないませんでした。ですが、この痛みこそがチーム、選手を変えるきっかけになりました。

 選手時代と変わらず強い思いで取り組んできたつもりでしたが、チームとして同じ方向を向いていなかったということは、私のマネジメントが甘かったのです。出場を逃したことで実業団の自分たちに求められているもの、どんな思いで競技をやるべきか、一つ一つ丁寧に選手たちと話し合いました。非常に苦しい作業でしたが、必要なことだったと感じています。

 結果を出したいと本気で思った選手の変化は、想像を超えていました。厚底シューズに対応できないことを言い訳にしないよう、新たなトレーニングを取り入れた選手も。東京パラリンピックで銀メダルを獲得したブラインドランナーの唐沢剣也選手(県社会福祉事業団)のサポートを始めたことも刺激になりました。現状維持は後退。前進しなければ、成長しないと痛感しました。

 一方、この一年で1番の発見は根っこの大事な部分は今も昔も変わらないことです。自分は「負けたくない」「意地でも勝つ」という執着心が原動力の選手でしたが、もう現代の子は思考的に違うのではないかと、迷った時期もありました。でも今年の選手たちからは「何が何でも入賞する」と強い思いを感じました。覚悟を持って取り組めば、こんなにも頑張れることに気付きました。

 自分たちはエリートばかりが集まるチームではありません。地道な努力を積み上げ続けることが大切。そこをおろそかにすれば、上位に定着できず、一発屋になるでしょう。苦しかった経験を風化させず、選手一人一人が自分を律することのできる自立したチームになりたい。実力派のチームに変わっていく姿を見守ってほしいです。

 おくたに わたる 西脇工業高―ダイエー―積水化学工業。2000年に富士重工業(現SUBARU)移籍。11年から監督。05年世界陸上男子マラソン14位。兵庫県出身。