▼理想の雪を追い求め旅をする―。ウインタースポーツを愛する人には夢の生活かもしれない。100年近く前、それをやった人がいる。日本スキー界の草分け、猪谷六合雄さんである
▼1914年、地元赤城山で雪上に2本の筋を見つけたことがスキーとの出合いだった。独学で板を作って滑り、やがて結婚し妻と旅に出る。スキー場を回りながら北海道へ渡り、たどり着いたのは国後島だった
▼そこで生まれたのが長男の千春さんだ。56年イタリア・コルティナダンペッツォ五輪のアルペンスキーで日本人初の冬季メダリストとなる。欧州勢が圧倒していた時代、互角に渡り合った銀メダルに日本中が沸き返った
▼その千春さんをして「とにかく偉大な男だった。子は親を追い越せないというけれど、まさにそうです」。以前取材で聞いた言葉の端々に、スキー指導者としてだけでなく多才だった父への尊敬がにじんでいた
▼絵や写真は本職に引けを取らない腕前だったという。文才もあり著書『雪に生きる』は昨年新装復刊された。移住先の小屋からゲレンデまで何でも自作した。先日の本紙によると、90年も前に考案した手編みの靴下が雑誌で特集され静かなブームというから驚く
▼今風に言えば好きな場所に移動しながら暮らすアドレスホッパーであり、あるもので工夫する生活はSDGsにかなう。生き方が再び注目されるのは偶然ではない。