連合赤軍の事件前後の重信房子。半世紀後の今年1月に記した手紙で、同時代の責任と反省を負っているとつづった 連合赤軍の事件前後の重信房子。半世紀後の今年1月に記した手紙で、同時代の責任と反省を負っているとつづった
元首相の福田康夫。「赤軍」の経験から得たものは=1月、都内 元首相の福田康夫。「赤軍」の経験から得たものは=1月、都内

 今年5月末、一人の受刑者が懲役20年の刑期を満了し、社会復帰する。

 重信房子(76)=東京・東日本成人矯正医療センターに服役中。明治大在学中に新左翼運動に参加し、赤軍派の幹部を経て1971年2月末、レバノンに渡った。同派の一部が合流した連合赤軍が、71年末~72年2月に本県の山岳アジトで事件を起こす前のことだった。

 「世界革命の勝利」を掲げ、遠く中東の地で日本赤軍を結成した。70年代、空港での銃乱射をはじめ数々の国際テロを起こした。最高幹部を務めた重信が大阪府内で逮捕されたのは2000年。オランダのフランス大使館が武装占拠されたハーグ事件(74年)に関与したなどと認定した判決は、10年に確定した。

 重信は、50年になる連合赤軍事件について獄中から思いを示した。

 多くの若者や市民が反戦平和を求め、野党が政府に肉薄した。自らも変革を求めた。昨年12月下旬に支援者らが発行した冊子で当時の時代背景についてこう持論を展開し、続けた。

 〈連合赤軍事件は、党派政治の否定的姿を曝(さら)し、社会変革の希望や意義を逆流させるに余りある過ちを生みました。アラブに居たとはいえ、私もまた、その関係の一角に在ったこと、衝撃と反省と自責の念に突き動かされた一人でした〉

 「赤軍」はしかし、連合赤軍事件の後にこそ日本と世界を震撼(しんかん)させた。

 1977年9月28日。ハイジャックされた日航機がバングラデシュのダッカ空港に強行着陸した。日本赤軍が犯行に及んだ「ダッカ事件」。75年の「クアラルンプール事件」で釈放された元連合赤軍構成員、坂東国男(75)=国際手配中=らが関与したとされる。

 日本政府は、元連合赤軍構成員、植垣康博(73)ら9人の釈放(植垣ら3人は拒否)と、600万ドルの身代金を要求された。

 「とんでもないことが起こった」

 福田康夫(85)は当時、首相秘書官として父で時の首相を務めた赳夫(95年死去)を支えていた。

 結論的に日本政府は要求に応じ、10月3日に最後の人質が無事解放されて事件は決着する。人命を優先させ、服役囚らを釈放した対応は「超法規的措置」と呼ばれた。〈人の命は地球より重い〉。赳夫が記者団に発したひと言は、この決断の際のものだった。

 〈総理在任中で一番悩んだのは恐らくあの事件じゃないかと思います〉(首相秘書官だった小和田恒)。後の本人の証言によれば、早い段階から人命尊重でいくと腹を固めて、皆の空気をその方向に誘導しようと決めていた―。

 人命の尊重か、法秩序の維持か。舞台裏は「評伝 福田赳夫」(岩波書店、2021年)に詳しい。

 「それは苦悩した。普通の人間としてです」。福田は当時の父を振り返った。一方でこうも言う。「割合さっぱり結論は出した。何しろ一刻を急ぐんですから。乗客乗員の安全が第一だった」

 決着の9日後、西ドイツ(当時)で同種のハイジャック事件が起き、同国政府は特殊部隊を投入して犯人を制圧した。これを見て、日本の対応を批判する意見も現れた。

 「評伝―」は以下を挙げ、反論する。

 日本赤軍の方が、西ドイツのときよりはるかに用意周到だった。バングラデシュ政府は、日本側の武器の持ち込みを拒否した。当時の日本警察には介入部隊がなかったし、警察官を海外に派遣させる法的根拠もなかった。その上、現地でクーデターが起きて、空港内で戦闘になり、一刻も早くハイジャック機を空港から出発させなければならない切羽詰まった状況になってしまった…。

 「そういうギリギリの場面に遭遇すれば、あれ以外の判断はなかった」。福田は父が決断した瞬間に、それに賛同する日本国民が圧倒的に多かったことも、鮮明に記憶している。

 その経験を通して福田が得たものはあるのか。

 「(事件などは)ケース・バイ・ケースで、状況が違えば、答えはがらりと変わる。ただ、すぐさま『人命は地球よりも重い』と、自らの判断でその重大な結論を出し、自らがその決定の責任を取ることを、明らかにしたことだ」

 そして、付け加えた。

 「最終的に誰かが決めなければならない。決定する人は責任を持つ、という責任の取り方。これは参考になりました。政治家というのは、最後の結果について責任を取る役割のために存在する。そういうことです」

 自らが首相在任中(07~08年)にも、最も大切にしたことだった。

(敬称、呼称略)

 発生から半世紀を機に連合赤軍事件を再考する連載「連赤に問う」。終章はこの50年を俯瞰(ふかん)し、現代社会とその未来を遠望する。