県指定史跡となっている桐原郷蔵
世音寺とその周辺
桐原宿周辺地図

 足尾銅山街道と並行して流れる渡良瀬川の流れは花輪宿に入る辺りから緩やかになる。ただ花輪宿から桐原宿に至るには、川沿いの急峻(きゅうしゅん)な岩場を避けて手振山頂近くの山道を通り抜けるか、左岸側から荒瀬橋を渡るコースを季節や天候によって選んだという。現在は川沿いに国道122号の通称「七曲がり」が整備されている。

 1746(延享3)年、大間々村が前橋藩領になったのを機に、足尾で産出された「御用銅」の継場は1キロと離れていない桐原村に移り、藤生家が銅問屋を務めた。継場の変更は混乱を招き、大間々側は銅運搬に携わる人足の救済を願い出るなどしたという。

 1807(文化4)年作成の「足尾通見取絵図」には、両村の大通りとみられる街道に水路が流れ、にぎわっている様子を伝える。桐原宿は上町、中町、下町に分かれ、高さ30メートル超の来迎(らいごう)桜が旅人を迎えたという。中町の中心、世音寺近くには穀物を貯蔵する桐原郷蔵が江戸後期に建造された。蔵は現存し、県指定史跡になっている。

 世音寺の向かいにある銅蔵には「定書」など文書、御用銅が残されていた。所有者から寄贈を受けた市はコノドント館で史料の一部を公開している。

 地元の鈴木義雄区長は「30年ほど前に看板を立てるなどした。桐原の住民にとって銅街道は心のよりどころ」と話した。