▼「たべもの歳時記」という読者の投稿欄が上毛新聞のくらし面にある。祖母と作った団子汁、家族でかき込んだおきりこみ、病気のときだけ食べられた甘いバナナなど味覚にまつわる思い出がつづられ、温かな気持ちになる
▼高齢者の投稿が多いこともあって、舞台となるのは土間にかまどがある養蚕農家だったり、冷え込んだ北向きの流し。かつて厨(くりや)と呼ばれ、家事を担った女性の居場所だった
▼短歌には恋愛を詠んだ相聞歌、死者を悼む挽歌(ばんか)のほか、台所仕事をテーマにした「厨歌」という分野がある。沼田の旧家に嫁いだ歌人の生方たつゑは〈厨女(め)を帰してひとりくりやべにうら安らかに飯炊(いひかし)ぐかも〉などの歌をたくさん残している
▼家父長制の下で女性の自由がなかった時代、厨は必ずしも楽しい場所ではなかったはずだ。酒と旅に生きた若山牧水の妻、喜志子は〈にこやかに酒煮ることが女らしきつとめかわれにさびしき夕ぐれ〉と詠んでいる
▼時代は移り、台所はリビングの一角を占め、キッチンと呼ばれるようになった。〈大鍋に放り込むのはかつての恋よくもよくもと木べらを回す〉松村由利子。現代歌人の厨歌に昔日のような陰影はない
▼共働き世帯が増え、男性が台所に立つことは珍しくなくなった。〈湯の中にわれの知らざる三分をのたうち回るカップラーメン〉田村元。即席麺でさっと空腹をまぎらわす姿も見える。