島村の渡し=2010年2月

 道の一部との位置付けで群馬県伊勢崎市境島村の利根川両岸を結び、「島村の渡し」として親しまれてきた渡船について、管理する市は廃止する方針を固めた。世界文化遺産の田島弥平旧宅に近く、観光資源としての活用が期待されていたが、2019年10月の台風19号で船着き場や航路が大きな被害を受け、運休している。現在は生活道路としての利用がないのが実態で、市は市道の役割を終えたと判断した。廃止のための市道変更の議案を21日開会の市議会3月定例会に提案する。

 島村渡船は江戸時代中期に始まったとされ、利根川を挟んだ南北の集落の人の往来や通学などに使われてきた。1951年に県道の一部となり、55年に旧境町(現伊勢崎市)が県の委託を受けて運航。2012年に県から移管され、市道となった。利用者を随時、無料で対岸に運んでいた。

 毎年5月の「島村渡船フェスタ」は多くの来場者でにぎわい、弥平旧宅が世界遺産に登録された14年度の渡船の年間利用者は約1万人に達した。だが、台風被害などによって運航が左右され、15年度の利用者は3763人、16年度は1600人まで減少。市が16年、復旧に約4500万円を投じた経緯がある。

 冬場は強風などのため運航できないケースが多く、18年度以降は春から秋のみ運航。市によると、移管後9年間の維持管理費は総額約9600万円で、利用者1人当たりの運航費用は片道約2700円となる計算だ。

 自然災害が相次ぐ中、復旧に多額の費用が生じることを踏まえ、市は20年に道路維持課や文化財保護課など関係部署による庁内検討組織を発足し、対応を検討。渡船の今後について、市民千人を対象に昨年10月に実施したアンケート(回答率43.4%)では、「渡船としての運航は行わず、イベントなどで船の遊覧運航を行う」と回答した人が47.7%で最も多かった。19年時点で生活道路としての利用がないことも確認しており、廃止を決めた。

 市議会で議案が可決、4月上旬に告示されれば、正式に廃止となる。臂泰雄市長は「市道としては廃止するが、両岸には公園も整備されており、利根川の自然環境を生かした地域活性化を進めたい」としている。

 国土交通省利根川上流河川事務所などによると、島村渡船が廃止されると、県内の利根川で公道として運航する渡船は千代田町と埼玉県熊谷市をつなぐ赤岩渡船(県道)だけとなる。

往来や通学住民親しむ 「残念」「寂しい」

 島村渡船が廃止されることについて、地元住民からは「残念」「寂しい」といった声が上がっている。

 利根川右岸に住む境島村登録文化財活用推進協議会長の田島達行さん(72)は境島小時代、分校との交流の際に渡船で左岸へ渡った。同級生は船を使い、右岸の島中へ通学していたという。「島村の歴史を伝える渡船がなくなるのは寂しいが、市の財政を考えれば仕方ない。住民の足として生活に根付いていたことを伝えていきたい」と話す。

 左岸で行ってきた島村渡船フェスタについて、市は新年度、会場を利根川水辺プラザ公園に移して実施。遊覧はできないが、渡船の紹介コーナーを設け、シャトルバスで右岸の田島弥平旧宅に行けるようにする。

 現在の船は船頭を含む9人乗り。「境町史」によると、明治半ばごろ、さおこぎの渡し舟は島村の村営だった。舟は子ども約30人が乗れる大きさで、ピーク時は1日200人が利用。境中と島中が統合し、1966年完成の南中へ島中の生徒がバスで通うようになるまで90年以上、通学に使われた。90年にエンジン付きの船になった。

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