花袋が愛した鯉のあらいとうな重
新田家に残る「河そいの春」執筆後に書いた花袋直筆の掛け軸

 花袋は食にこだわりを持つ作家だった。愛してやまない好物や旅先で出合った料理を語った記述が目を引く。県内では故郷に帰省した折に立ち寄り、なじみになった料亭もある。小説の舞台としても描かれ、花袋ゆかりの店として今も残る。

 花袋が食の好みを記した随筆「料理は味よりも香を」によると、食材の香りを重視し、シンプルな料理を好んだとされる。好物の一つのそばは自身で手打ちした。信州の挽(ひ)きたてのそば粉と、味と香りを生かすために卵白のみを使うなどこだわった。

 甘い物好きで知られ、あんパンや焼き芋を買い求めた場面も作品に登場する。晩年は「食べ物がまずくなる」と入れ歯を外し、固いものも歯茎でかみ砕いて食べていたという逸話も。

 群馬県館林市の田山花袋記念文学館では昨年3月から2回に分け、食をテーマにした展示を開いている。担当した市文化振興課の小林里穂さん(27)は「食に対しては作品の真面目な印象に加え、豪快で子どもっぽい一面も見られる」と紹介する。

 食通の花袋が好んで通った店のうち、赤岩宿の「割烹(かっぽう)新田家」(現千代田町舞木)はひいきにした店の一つだった。1917年に館林からの道中で車夫に紹介されて訪れたとされる。地元伝統の川魚料理が振る舞われ、花袋は「鯉(こい)のあらいなどは東京ではとても食えないほどうまい」と絶賛した。

 当時は旅館で利根川沿いにあり、執筆のため度々滞在した。19年には新田家の女中・鈴木モトをモデルにした小説「河そひの春」を発表し、赤岩の新田家は「A町のN家」として作品に登場する。

 6代目の増田卓也さん(48)は「鯉は当時の最高級品。ふるさとの味というより新田家の味として気に入ってくれたのではないか」と想像する。花袋が訪ねてからおよそ百年がたつ。文豪ゆかりの店と聞きつけ、文学ファンが訪れることも少なくない。花袋の名前とともに、彼の愛した味は受け継がれている。