息子が学校に行けなかった時期に困ったことがありました。外出が難しく、病院の診察を受けに行きたくても思うようにいかないのです。

 こんなことがありました。手のひらに発疹ができたので皮膚科を受診しようと声を掛けました。すると、どこでもよいわけではなく「入れそうなところだったら行ってみる」という返事です。少しでも前向きな言葉が出たときがチャンス。車に乗せ、探しておいた皮膚科へ向かいました。

 1軒目は「駐車場に車がたくさん止まっているからきっと患者さんが多いと思う。だから入れない」。2軒目は「外から見た雰囲気が無理そう」。行ったり来たりしながら車を走らせること1時間余り。診察時間の終了も気になり焦るものの、本人がその気にならないとどうにもなりません。

 ようやく「ここなら行ける」と返事があり、とりあえず受付で症状を話しました。ところが、内科と皮膚科の看板が出ているにもかかわらず、「他の病院へ行ってください」との回答でした。子どもの不安な様子も伝えたので面倒だと思われたのかもしれません。結局、診察を受けられる病院は見つからず、諦めて帰宅しました。

 不登校になると子どもはどんなことに対しても不安な様子を見せます。特に外との接触を嫌がります。何か起きたときに説得するのがひと苦労です。様子がおかしい子どもと接したとき、よそに回すようなことをせず「大丈夫だよ」とひと言でも言ってくれればいいのに、と思いました。

 「孤立」という言葉が頭をよぎりました。不安のある子どもの状態を医療機関が共有してくれていれば、と強く感じた出来事でした。息子の皮膚疾患は幸い一時的なもので、まもなく消えました。

 学校に行けなくなるのとほぼ同時に引きこもり生活が始まりましたが、拠点はリビングの隅でした。身の回りにゲームや漫画を置いて一角を占拠したのです。家族との会話は気分次第。まるで別人になってしまった子どもと一緒にいるのが苦しくなり、精神的に追い詰められていきました。そんな日々を過ごしながら、いつか終わりは来ると信じるのは大変でした。

 今年1月、上毛のみなみ風が企画している2回目の「ぐんまの子ども・若者支援フォーラム」を高崎市で開催しました。支援を必要としている方と支援者がうまくかみ合う社会の実現を目指すことがテーマでした。けれども、支援活動をしていない人たちにも子どもや若者が抱える困難な状況を理解してもらうことが大切だと感じています。

 子どもと若者を真ん中に考えて世の中をつくることが、大人の役割ではないかと思います。そうすることが、巡り巡って自分たちの幸せにつながるのではないでしょうか。

 【略歴】三男の不登校をきっかけに不登校の子を持つ親を支援する会を立ち上げ、現在は若者支援に関わる団体同士の連携にも取り組む。県青少年健全育成審議会委員。

2022/3/1掲載