▼〈私はいろいろな立派な教師に教わったことがあるが、先生に優ると思った人はない〉。2019年に96歳で死去した日本文学研究者のドナルド・キーンさんが著書『日本との出会い』でこう評した人物がいる

 ▼先生と呼ぶのは旧津久田村(現渋川市赤城町津久田)出身の角田柳作のことである。米コロンビア大で長く教え、日本研究の第一人者となる有能な知日派を数多く育てた。キーンさんも薫陶を受けた1人だ

 ▼2人の出会いは太平洋戦争の開戦直前、キーンさんが「日本思想史」の講義を受けたことから始まる。日本研究は当時、人気がなかった。受講生が1人だけだったので辞退を申し出ると、角田は「1人いれば十分」と答えた

 ▼講義はいつも熱を帯び、漢文の引用などで黒板は真っ白に埋まった。角田は教室に山ほどの書物を抱えて現れ、どんな質問にも答えられるよう準備していたという

 ▼08年の夏、同大で開かれていた角田を紹介する特別展示を取材するため現地を訪ねた。講義をまとめた教科書や使い込んだパスポートなどが並び、米国屈指の名門大で上州人が称賛されていることが誇らしかった

 ▼きょうは県立高校などの卒業式。3年間の大半をコロナ下で過ごした異例の学校生活が終わる。我慢の日々が続いたかもしれないが、キーンさんのように人生の転機となる「先生」に出会えたとしたらすてきな思い出となるはずだ。