▼年に1度は触れたくなる匂いがある。いや臭いと言うべきか。「硫黄濃度日本一」をうたう嬬恋村の万座温泉で雪を眺めながら白濁の湯に身を沈めた。「硫黄臭」、より正確には「硫化水素臭」が鼻をくすぐり、なんとも旅情をかき立てる

 ▼お気に入りの湯屋に出掛けたのは、万座を巡るニュースに刺激されたせいもあった。西武ホールディングスが万座温泉スキー場、万座プリンスホテルなど村内5施設を、シンガポールの政府系投資ファンドに売却することが分かった

 ▼万座がスキーリゾートとして全国で知られるようになったのは西武の力なくして語れない。グループ企業を築いた堤康次郎が万座を訪れた際の逸話が『嬬恋村誌』に残っている

 ▼堤は1919(大正8)年6月に技師らと馬でやって来た。土地の買収を決めた帰路、〈万座温泉を軽井沢に引湯して世界一の温泉避暑地にする〉との計画を村長らに披露したという

 ▼計画を受けて開発は進み、スキーブームで知名度は一気に上がった。64年の東京五輪ポスターを手掛けた亀倉雄策による万座スキー場のポスターにも刺激され、若者が押し寄せた

 ▼所有が移っても、運営は引き続き西武グループが担い、雇用が継続されるのは安心材料だ。しかし、国内31施設が丸ごと外資に買収されてしまうのは悲しい。一企業の凋落ちょうらくだけでなく、日本の国力低下を象徴する出来事に思えてならない。