ガーナ出身の友人と盆栽を見に行った際、「盆栽は普通に地面に生えている木と違うの?」と質問された。日本の木になじみがない上に、都心で多忙に生活している彼は木をじっくり見る機会も少ないであろうから疑問に思ったのだろう。実は、私も盆栽を始めるまでは彼と同じように盆栽と普通の木、特に鉢に植えられた木との違いがよく分からなかった。

 それまでは、私にとって木はあくまで風景の一部でしかなかった。木に咲く花を眺めて美しいなと思ったり、紅葉に秋の醍醐味(だいごみ)を感じたり、大木を見て立派だなと感動したりはしても、何でもない木を1本見て、感慨にふけることはあまりなかった。

 それが盆栽を始めてからは、枝ぶりや葉の大きさに色具合、幹の太さや立ち上がり、荒れた幹肌から朽ちた枝など、細部をじっくり鑑賞するようになった。そして、全体を通してその木が育つ自然環境に思いをはせ、想像を膨らませる楽しみを覚えた。

 2年前、香港の寺院へ盆栽を見に行った。ブーゲンビリヤやガジュマル、オレンジジャスミンといった華やかな南国らしい盆栽が並ぶ中、太い立派な福建茶の木の根元に、昔の漢服を着て将棋を指している2人の老人の人形が置いてあった。雨風にさらされて色あせた人形が大木の木陰で楽しそうに将棋に興じている様は、タイムスリップして良き昔の香港を見ているようで、街中で遭遇した民主化運動デモ弾圧の悲しみをいっとき忘れさせてくれた。