▼記者は人と会うことが仕事だ。若い頃は首長や議員、自治体幹部らに会う前はかなり緊張したが、国政担当となって大臣や首相を取材するようになると感覚がまひした

 ▼だが久々に新人の頃のように緊張したのが日本最大の俳句結社「ホトトギス」名誉主宰の稲畑汀子さんの電話取材だった。俳句を学んでいる筆者にとって、高浜虚子の孫である稲畑さんは雲の上の存在。事前に手紙を出し、電話する前は話の切り出し方を何度も頭の中で繰り返した

 ▼うかがったのは祖母・糸さんのこと。元前橋藩士の娘で前橋生まれ。河東碧梧桐と婚約したが、解消して虚子に嫁いだ

 ▼「優しい人でしたが、怖いおばあちゃまでした」。虚子ではなく祖母について聞かれたことが意外で、うれしかったようだ。碧梧桐と虚子の間で揺れた乙女心については聞いてないらしく、「おそらく虚子がうまく心をつかんじゃったんでしょうね」と笑っていた

 ▼稲畑さんは虚子が唱えた有季定型、花鳥諷詠、客観写生の俳句作りを信念とした。結社を発展させるため、1987年に日本伝統俳句協会を設立。埋もれていたホトトギス系の俳人を顕彰するなど戦略家としての一面も併せ持っていた

 ▼代表作は〈空という自由鶴舞ひやまざるは〉。初めて訪れた冬の赤城山では〈地吹雪と別に星空ありにけり〉と詠んだ。先月訃報が届いた。受話器越しに聞いた穏やかな声が耳に残る。