前回(1月21日掲載)は国際観光の場にも政治経済的な関係が影響し、マイノリティーの方々が不利な立場になることが多いという観光の構造的な問題点を指摘しました。ただ研究者として、または観光者として旅行してみると、現地の人たちは決して観光産業の犠牲者ではなく、自分の文化を当たり前のものとして受け継ぎ、たくましく生活している様子がうかがえます。

 数年前、大阪の外国人街を調査する際、「あの付近は治安が悪く、夜は暗くて怖い」と忠告されたことがあります。商店街の中のホステルに泊まってみると、確かに店が閉まるのが早いと感じましたが、お店の人たちに聞き取り調査を始めると、すぐにその理由が分かりました。

 「夜は6時には店を閉めるよ。晩飯食べんとあかんからね」。その分、朝が早いことに気付きました。食材の卸売店が多いので午前6時には人の出入りが始まります。要するに夜間の治安が悪いのではなく、朝早く開けて夜早く閉めるというビジネスのリズムなのです。こうしたことも、現地に行って話を聞くことで初めて分かります。

 シンガポールのアラブストリートにあるモスクを見学に行った際も大きな発見がありました。事前に宗教関連施設での文化的摩擦に関する文献を読んだり、モスクでのテロに関するニュースを聞いたりしていたので緊張して訪れたのですが、実際はとにかく雰囲気が明るく、のどかです。

 じゅうたん屋さんの店先で猫がのんびり昼寝をしているし、路上ではお兄さんたちが「ランチ安いよ」と笑顔でメニューを見せてくれます。モスクは肌を隠す服を無料で貸してくれ、内部は信者とそうでない人が入れる場所や時間帯が分かれていて、信者の方々の邪魔をしてしまう心配もなさそうでした。観光者のためにお祈りの方法や意味を説明した看板もありました。

 モスクが「信者のため」という閉鎖性と「観光者のため」という開放性を併せ持ち、精神的・経済的に生きる糧になっており、そして何よりその二つの意味が明るく当たり前に併存していました。それを見ることは、私のようにイスラム教に対してステレオタイプな考えを持った観光者にとって、そのイメージを変える大きなきっかけになりました。

 観光は非日常を楽しむだけでなく、異文化理解を促進し、持続可能な社会につなげられる可能性があります。そして観光を通じて理解できることは異文化の他、環境やエネルギー問題、ジェンダー平等性など多岐にわたります。

 課題は、観光による理解や行動変容が長く続かない点です。観光後、時間の経過とともに学んだことを忘れてしまうことが報告されています。観光を通じた理解や行動変容を長く続かせるには、学校や地域で継続的に諸問題に触れる必要があると考えます。

 【略歴】専門は観光人類学。2020年から現職。大泉町のブラジルタウンや富岡製糸場も研究対象にする。徳島県出身。米・テキサスA&M大大学院博士課程修了。

2022/3/18掲載