▼かごに乗った女性やカンカン帽をかぶった男性が趣のある建物の前に並んでいる古い写真。みなかみ町の法師温泉長寿館が保管している写真に写っているのは、歌人・与謝野晶子と夫の鉄幹、その友人たち。1931年、連泊した旅館を出発する前に撮影されたという

 ▼一行が向かったのは三国峠だ。古来、多くの人が行き来した道を歩いてたどり着いた峠。晶子はこんな歌を残している。〈わがあるは三国の峠立ちわたる霧の下こそ越路なりけれ〉

 ▼戦後、街道は国道17号に指定された。59年に三国トンネルが開通。車での通行が可能になると、関東と新潟を結ぶ物流の大動脈となった。周辺の開発も進み、大規模スキー場が開設されるなど観光振興にも貢献した

 ▼開通から半世紀後、新トンネル建設の話が持ち上がった。老朽化が著しい上、何度かの補修で内部が狭くなり、大型車両の安全通行が難しくなっていたためだ

 ▼2013年秋、新トンネルの建設工事が始まる直前、晶子らが通った旧街道を歩いたことがある。往時をしのばせる石垣や晶子が喉を潤したとされる「晶子清水」、「長岡藩士の墓」といった史跡に、街道の長い歴史を感じた

 ▼きょう新三国トンネルが開通し、街道の歴史に新たな1ページが加わる。新トンネルはこの地域に何をもたらし、どう変えていくのだろう。これまでの歩みを胸に刻みつつ、歴史を見守っていきたい。