文章をとじたファイルを開く高桑さん

 2009年に利用者10人が亡くなった群馬県渋川市北橘町八崎の「静養ホームたまゆら」の火災から19日で13年となる。施設運営法人の理事長だった高桑五郎さん(97)=前橋市=は18日、5年掛けて半生をつづった文章を完成させた。主題の一つは福祉に長年携わった経験と犠牲者へのざんげ。火災が浮き彫りにした高齢弱者の住居問題について「今もある。風化させてはならない」と話している。

 たまゆらの利用者は、高齢で行き場のない都内の低所得者が中心だったという。日本社会の高齢化は進み、コロナ禍で格差が広がった。受け皿整備はなお喫緊の課題だと感じている。

 文章は、たまゆらで低所得者を受け入れた経緯と1人1人の逸話、火災を告げた警察の電話、現場の火勢と泣き崩れる当直職員、業務上過失致死罪に問われた刑事裁判などを高桑さんの目線で記した。

 火災の責任は自身にあり「深いおわびの業に徹する覚悟」とした。墓参りに訪ねた一部の遺族から「困っていた時に受け入れてくれた」と感謝されたことも明かした。

 高桑さんは近年、足を悪くして外出していない。このため高崎市内にある火災犠牲者の慰霊碑の写真を壁に掲げ、毎日祈っている。

 同時に、弱者の暮らしを支える福祉サービスの尊さも身をもって感じている。生活保護と、訪問看護やヘルパーの買い物支援などは「ないと生きていけない」。1月末に体調を崩して入院した。「いつどうなるか分からない。どうしても思いを書き残したかった」という。

 文章のもう一つの主題は戦争だ。16歳で海軍に入り、艦上で米軍機の襲撃を受けた体験談などをまとめた。特攻した仲間やウクライナ情勢を思い「戦争で被害を受けるのも弱い立場の人。忘れかけた平和の大切さを思い出して」と願う。

 火災は09年3月19日夜に発生。東京都墨田区の生活保護受給者ら50~80代の施設利用者10人が、やけどや一酸化炭素中毒などで死亡した。