地表でボールを水平に投げる。もし、時速160キロの球速を持つ大谷翔平投手より腕力の強いロボットが現れて約200倍の超速球を投げることができたら、ボールは地上に落下せず、地球の周りを回り続ける。このような地球の重力で落下しようとする力と遠心力が釣り合った状態を利用したのが人工衛星である。

 人工衛星を打ち上げるロケットは上に上がるが、それ以上に横方向にも加速する。夜間にロケット打ち上げを見ると、長時間にわたって航跡を見られる場合があり、ロケットが水平に飛しょうしていることがよく分かる。

 2020年12月に帰還したはやぶさ2は、地球の重力圏を脱するためにさらに1.5倍程度の速度が必要で、その速度からの減速がカプセルの回収を難しくしている一番の要因だ。帰還の際は、獲得した毎時4万3千キロの速度で飛しょうしているカプセルに、大気の力を借りてブレーキをかける。するとカプセルの前方の空気が圧縮され、表面温度は3千度にも達するが、採取した試料を大切に届けるには内部を常温に保たなければならない。表面が焼け焦げることによって自身を保護する特殊な材料を適用し、内部を保護している。この材料はロケットでも使用されているもので、もちろん市販されておらず、一朝一夕で開発できない国産の先端材料である。

 はやぶさ2はサンプルを収めたカプセルだけを地球に向けて放出し、探査機自身は新たなミッションへ向けて飛行を続けている。放出されたカプセルは姿勢や軌道の制御はできないので、どのタイミングでどの方向へ放出するかで着地点が決まる。

 地球の重力場、大気の温度や密度、当日の天候、風向風速などを考慮した解析を入念に繰り返した上で、再突入の12時間前に月と地球のちょうど中間くらいの位置でカプセルを分離し、オーストラリアのウーメラ砂漠に計画通り着地させることができた。例えるなら、榛名山の頂上から県庁屋上に置いたダーツの的の中心を狙うようなものである。解析の技術もさることながら、月よりも遠い探査機の位置、速度を正確に測定し、精密に制御できる技術の高さを示している。

 重要なことはこれら一連の技術が「自前」であり、他国に教えてもらう必要も、使用する上で許可を得る必要も全くない点にある。「知りたい」「やり遂げたい」という発想があれば、誰でも実現できる可能性を秘めている。

 近年、客観性・論理性が疑われるようなナショナリズムの台頭が目立ち、物品や技術の輸出入に制限が強くなる中で、宇宙開発にとどまらず、わが国としての自在性・自立性を確保するために何を保有するべきか、そのために何をすべきか、慎重に考えるべきだろう。経済効率性だけを追求してはいけない。

 【略歴】現IHIに宇宙航空事業を譲渡する前の日産自動車に入社し、IHIに移籍。同社宇宙開発事業推進部長を経て2021年6月から現職。東京大工学部卒。

2022/3/29掲載