英国のことわざに由来する「一石二鳥」について、私は昔から、経済的な損得の物差しのように感じていた。それよりも1羽多い「一石三鳥」という言葉の不思議さに興味があった。一つの石で3羽の鳥を落とすことは奇跡的で、損得以外の何か言葉にできない感情が湧き上がるように思えていた。今、一石三鳥の3羽目をどう捉えるかが重要になっていると考える。

 地方で何かを始める時に、必要ないものが「やる気」だ。地方にはその場その土地の問題や利点があり、多様な価値観を持って向き合わなければ見逃してしまう。

 個人的なやる気は一方的になりがちで、必要ないものを押し売りしてしまう可能性が高い。必要でないものは当然誰も欲しがらないし、その結果、自分自身のやる気をなくし一歩も動けない状態につながってしまう。

 熱意を持って取り組むが、持ち過ぎてはいけない。最初から期待し過ぎてはいけない。別の場所で行われている成功例をそのまま持ってきても当然、うまくいかない。参考にするならむしろ失敗例で、そこから冷静な目と3羽目の鳥を見つける感覚を持って準備することが大切だろう。

 地方では、本当に何も見いだせないような状況がある。頑張っているのに何をしても活性化につながらない、そもそも本当に活性化が必要なのか疑問な場合もある。そんな状況では、何が成功なのかも分からない。

 一つの石で2羽の鳥が落ちてきたら得だが、3羽目が落ちてきたら「何コレ」と思ってしまう。実は、その「何コレ」こそが、何もない状況から一歩を踏み出せるきっかけになる。「何コレ」に、自分たちなりに価値を付けていくのだ。

 この状況に似ているのが美術館だ。美術館は入場者数で評価されることが多いが、本来の役割は文化の発信拠点である。ショッピングモールなどの施設とは評価の基準がそもそも違うことを理解しなければならないし、文化を使った教育・育成、保存・研究の役割も担っている。つまり「何コレ」に価値を付けて発信し、地域を文化的に豊かにする施設なのである。何もない場所でも、評価基準を整理し、損得だけではない独自の価値を見つける取り組みには可能性がある。

 全ての人に当てはまる形式を考える必要はない。小さな単位の独自性が必要であり、万人が欲しい商品を目指すことはない。むしろ自分たちの好みでなくても良いかもしれない。商品になるまでの物語を好きになり、完成した後にその商品が言葉にできない感情が湧き上がるものになっていれば、次につながる可能性がある。

 3羽目の鳥は、プロジェクトに関わった人たちの気持ちや価値観に変化を起こさせるものであると考えている。

 【略歴】中之条ビエンナーレ出展を機に2018年から町地域おこし協力隊員として活動。任期後、定住し創作を続ける。長崎県出身。東京芸術大大学院修士課程修了。

2022/4/6掲載