全国には13の国立ハンセン病療養所があります。草津町の栗生楽泉園もその一つで、今もハンセン病回復者の方が暮らしています。

 らい予防法の廃止(1996年)や、らい予防法違憲国家賠償請求訴訟の原告勝訴(2001年)によって、療養所の存在、そして国の誤った政策により強制隔離されて療養所暮らしを余儀なくされた方々の人生被害について初めて知った方も多かったと思います。一方で、市井に暮らす私たちにとって、それはハンセン病療養所という、何か遠いところで起きた、自分とは関係の薄い悲劇と印象付けられたかもしれません。

 19年6月28日、熊本地裁はハンセン病回復者の家族らが提訴したハンセン病家族訴訟の判決で、らい予防法とそれに基づく国の隔離政策が、回復者のみならず、その家族らに対しても違法だと言い渡しました。国の加害責任が広くとられたわけです。判決に対して、被告である国は控訴期限の7月12日、当時の安倍晋三首相が内閣総理大臣談話で控訴しないことを表明し、地裁判決が確定しました。

 この判決が私たちに突き付けた問題を考えてみます。

 まずは被害当事者の声に耳を傾けてみましょう。家族訴訟の原告の声は『原告からのメッセージ』(https://hansen-kazoku-sosyou.jimdofree.com/)に収められました。当事者の訴えは悲痛です。地域社会からの迫害や孤独、家族やパートナーに話せないファミリーヒストリーを抱える苦悩、そして家族関係の崩壊と分断、他方での父母の愛への渇望…。もしも自分がそうならばという問いを道連れに、これらの訴えを受け止めてほしいのです。

 それを知った上で考えてもらいたいことがあります。原告は「地域社会において、ハンセン病患者の家族である事実を知られてはいけない、と常に誰かの目を気にして暮らしてきた」と述べています。その誰かの目とは他ならぬ、私たちの目だと気付いてほしいのです。もしかしたら隣人が、友人が、それどころか暮らしを共にするパートナーが、あなたの目を気にして苦しい思いを抱えて身構えているとしたら、どうでしょうか。

 療養所に隔離された方々の人生被害は、遠い場所の物語として回収できたかもしれません。しかし、私たちと同じ市井で生きる家族の被害が顕現化したことで突き付けられたのは、ハンセン病問題の解決には、国のみならず、私たちもまた加害の淵に立っているという意識改革が必要だということでした。

 私たちの社会は、いまだ「ハンセン病回復者だ。その家族だ」と言うことができません。ハンセン病回復者と家族への偏見差別の解消には、社会が変わる必要があります。ボールは社会の構成員である私たちの側にあるのです。

 【略歴】2009年から国立ハンセン病資料館勤務。重監房跡の発掘調査、資料館設立に関わり、17年から現職。東京都出身。東京学芸大―東洋大大学院修士課程修了。

2022/4/8掲載