《探る 考える 「氷河期世代」と呼ばれて(上)苦悩》 時代に翻弄 心が疲弊 正規雇用へ道険しく
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 就職氷河期世代と呼ばれる人たちがいる。明確な定義はないが、一般的に1990年代半ばから約10年間に大学などを卒業し、現在は30代半ばから40代後半までの世代を指す。バブル崩壊のあおりを受けて企業が軒並み採用人数を減らしたことから、安定した職業に就けず、契約社員やフリーターといった非正規雇用での就労を余儀なくされた人たちは少なくない。若い時に技能を身に付ける機会も乏しかったため、その後の正規雇用への道も険しく、精神的に追い詰められた結果、引きこもりになった人もいる。

■中途採用わずか
 「大企業に就職した大学時代の友人の話を聞くとうらやましいと思う半面、『俺は何をやっているんだろう』と思いますね」
 前橋市内に住む田中順一さん(仮名、44歳)は、じくじたる思いをこう打ち明ける。都内で暮らしていたが、コロナ禍で仕事をなくした。昨年秋から親戚宅に身を寄せている。
 2000年春に都内の有名大学を卒業したものの、正社員採用がかなわず人材派遣会社の契約社員として働き始めた。「業界問わず100社以上はエントリーシートを書いた。自分の努力が足りないと言われれば、それまでだが」と振り返る。
 実績を積めば正社員登用もあるとの話だったが、「結局、それをダシに理不尽に働かされただけ」と唇をかむ。働いた3年間、まともに休みが取れず体調を崩し、退職。再就職先を探しても、正社員の中途採用はわずかだった。結局、派遣などの仕事で15年以上にわたり生計を立ててきた。
 6年前から、大学時代に一度志した弁護士を目指し、司法試験に再挑戦している。「正社員と同じ仕事をしているのに、待遇がことごとく違うことに嫌気が差した。『弱い立場の労働者を守りたい』との思いで勉強を続けている」と力を込める。しかし、難関を突破することは容易ではなく、前段階の予備試験での不合格が続く。貯金もそう多くはないという。「ここまできたら諦められない。諦めたくない」。心の底からの叫びだ。

■「20代棒に振る」
 高崎市出身の山本卓也さん(仮名、41歳)も新卒時の就職活動でつまずいた一人。「20年前の話だが、『自分は社会に必要とされていない』と精神的に落ち込んだことをはっきり覚えている」とつぶやく。
 民間企業が駄目ならと、公務員試験も受けた。だが、結果は不合格だった。その後、大学時代から続けていたアルバイトで生活すること5年。27歳の時に正社員を目指して就職活動に本腰を入れたが、「求人はどれも経験者ばかり。未経験でも可能というのはほとんどなかった」と振り返る。
 厳しさが増す中で唯一見つけたのが、ある新興企業だった。わらをもつかむ思いで面接に臨むと、採用がすぐに決定。入社できることがとてもうれしかった。しかし、働き始めると、ノルマや体育会系の社風が山本さんの心を疲弊させた。
 ノルマが達成できなければ、上司から容赦なく責められた。「結果の出ない飛び込み営業が、まるで新卒時の就活のようだった。気持ちが沈み、最後は出社できなくなった」。その会社で働いた期間はわずか半年だった。
 しばらく家に引きこもり、実家の世話になりながらアルバイトをする生活を10年以上続けた。「スキルが一番磨ける20代を棒に振ったのが痛かった」と苦笑いを浮かべる山本さん。職業能力開発校で情報技術(IT)の基礎を学ぶなどして、就職を目指している。

◎企業と出合う場 提供 県の事業、延べ404人利用
 「新型コロナウイルスの影響で観光客が大幅に減ってしまい、やむなく群馬に戻ってきました」
 県が若者の就職を支援するために開設した「ジョブカフェぐんま」の高崎センター(高崎市旭町)に昨年9月から通い、不動産会社で地盤を調査する仕事に就いた野村直人さん(仮名、41歳)はこう語る。
 野村さんは北毛出身で、専門学校を卒業後にアパレル会社でのアルバイトなどを経て、親戚の経営するスポーツ店で働いた。しかし、インターネット通販に押され、店は規模縮小の憂き目に遭う。「最後は月給が10万円ほど。厳しい状況が分かっていたので、何も言えなかった」と肩を落とす。
 34歳の時、社会人枠で地方公務員となった。結婚もして、順風満帆な人生を送れるかと思いきや、仕事上のストレスが積み重なり、4年で退職。その後、妻の理解を得て、公務員時代から就きたかった「ネーチャーガイド」の仕事を鹿児島県屋久島で始めたが、今度は新型コロナ感染拡大の影響を受けた。
 「屋久島にいた1年半の間に子どもが生まれ、これからって時にコロナ。さすがにコロナ後まで現地にとどまることは考えられなかった」という野村さん。不動産会社で2月から働いており、「未経験なので覚えることが多いが、早く一人前になりたい」と前を向いた。  県は、野村さんのような就職氷河期世代の就職を支援する事業を本年度から始めた。1月末現在で、延べ404人が相談窓口を利用。職歴や希望する職種などの聞き取りを経て、企業とのマッチングを行っている。
 2月18日には、前橋市内で合同企業説明会を実施した。県労働政策課の阿部正労働政策係長は「少子高齢化による人手不足対策と、県民幸福度の向上を図る上で重要な事業。今後も企業との出合いの場を提供していきたい」と話す。
 県から事業を受託しているワークエントリー(高崎市)ぐんま事業部の部長で、キャリアコンサルタントの資格を持つ太田広子さんは、面談に訪れる氷河期世代の特徴として「人間関係やスキルのなさなどを理由に、就職に不安を抱えている人が多い」と説明。時代に翻弄(ほんろう)されたという意識を持つ人も少なからずいるという。
 相談に応じる際、太田さんは「まずは不安を払拭(ふっしょく)させて(相談者との)信頼関係を築くことが重要だ」とする。その上で、「自分に何が足りていて、逆に何が足りていないのかを知ってもらい、自己理解を深める中で企業とのマッチングにつなげている」と話した。

◎引きこもり支援団体 「親が現状受け入れを」
 自分の近しい人が引きこもりになった経験から、民間資格「ひきこもり支援相談士」を取得し、2014年に自立支援スペース「ワンステップ」(高崎市)を立ち上げた中沢充宏代表(42)は、これまでに延べ約200件の相談に応じてきた。
 就職氷河期世代の引きこもりが潜在的に多いとする一方で、「期間が長期化したため、本人が外に出られず、正確な人数の把握が難しい」と話す。明らかに精神に変調を来しているにもかかわらず、医療機関を受診しないため、福祉サービスすら受けられない人がいる、と指摘。親も世間体を気にして内々のこととし、抱え込んでしまうケースが見受けられるという。
 対応策として、中沢代表は「まず親が、子どもの引きこもりの現状を受け入れる覚悟が必要だ」と主張する。親が変わることで、良い方向に行く可能性が高まるとする。
 現在、80代の親が50代の子どもの生活を支える「8050問題」が社会的な関心事となっているが、「就職氷河期世代も時間がない。よく『時間が解決する』というが、時間は決して解決してくれない」と訴える。
 中沢代表も就職に苦戦し、非正規雇用の経験もある。「就職できないのは自己責任とされ、パワハラやサービス残業は当たり前。耐えかねて退職を申し出たら、『最近の若いのはすぐ辞める』と罵倒される。今考えると、ひどい時代だった」と当時を振り返る。だからこそ、引きこもらざるを得なかった人の気持ちが痛いほど分かるという。
 「引きこもった就職氷河期世代を社会とどうつなげていくか、国民一人一人が自分の事として考えてほしい」。中沢代表はそう願っている。

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