《探る 考える 在宅介護 理想と現実(下)認知症対応》休める職場環境 難題 「離職ゼロ」遠い目標に
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仕事と介護の両立支援で職場環境を見直した日本ケアストラテジーの八木常務
「いざという時に活用するため、社会保障制度の言葉に慣れてほしい」と話す和気代表
館林支局 御山まゆみ

 政府が「介護離職ゼロ」を目標に掲げて6年がたとうとしている。国は介護の受け皿の整備、介護人材の確保、仕事と介護の両立支援など総合的な対策に取り組むが、今も年間約10万人が家族の介護を理由に離職している。安心を確保する社会保障制度へと改革を急ぐが、思うような成果は出ていない。

◎「老老」に限界
 桐生市のグラフィックデザイナー、須永圭一さん(55)は2017年春に認知症の母親を介護するため介護離職した経験を持つ。当時1人で介護していた父親の姿に「老老介護」の限界を感じ、都内から実家に戻ることを決めた。
 働いていた都内のウェブ制作会社は、スタッフが1人欠けるだけで仕事に支障が出るような、小さな職場だった。須永さんは介護休業を利用することは考えず、退職届を出した。
 30年ぶりに戻った古里では、条件の合う就職先はなかなか見つからなかった。個人事業主として在宅勤務の仕事を請け負ったものの、日中は実家の一室だった仕事場を離れられず、介護に支障が出るようになって長くは続かなかった。
 現在は、自身の介護経験を生かした活動に取り組んでいる。昨年秋、家族の介護に初めて直面する人に向けて、施設の選び方をアドバイスする著書を出版。今春には、元気な高齢者が社会参加する独自の介護サービス事業を始めた。須永さんは「オンラインを使った循環型社会の仕組みをつくり、古里の桐生を元気にしたい」と目標を掲げる。
 仕事と介護の両立を支援する制度があっても、職場に利用しやすい環境がなければ制度は生かされない。須永さんのように、「周囲に迷惑をかけてしまう」と介護離職を考える人は少なくない。

◎お互いさま意識
 高崎市内で介護事業などを展開する福祉専門コンサルタント会社、日本ケアストラテジー(八木秀明社長)は昨年春、介護離職防止を目的に職場環境を見直した。親の介護に直面した男性社員から相談を受けたことがきっかけだ。男性は約1カ月半の介護休業を取得して職場復帰した後、現在も社内の介護休暇制度を利用して、正社員契約のまま時短勤務で働いている。
 男性は老人ホームの介護従事者。同居する父親が脳梗塞で倒れ、その影響で母親も体調を崩したことで家族の介護に追われるようになった。上司に休暇を願い出た際、一日3交代制の職場でシフトに穴を開けることに対して「他のスタッフに申し訳ない」と心情を吐露したという。
 同社は国の両立支援等助成金制度=ズーム=に着目してプロジェクトチームを立ち上げ、男性の介護休業取得後の職場復帰に向けた介護支援プランを作成した。さらに「業務の棚卸し」によって業務効率化を推進。安心して介護休業が取得できるよう、「お互いさま意識」を醸成するための勉強会などを職場で開いた。
 八木大輔常務(37)は「不要不急の業務を廃止や縮小したことで、男性の介護休業中も人員を補充せず、残業も極力抑えられた。職場の環境づくりを進める良い機会となった」と振り返った。

【ズーム】 両立支援等助成金制度
 介護や育児を対象に、職業生活と家庭生活の両立支援などに取り組む中小企業を支援する。介護離職防止支援コースでは、介護休業・休暇などの制度利用を希望する従業員に対して介護支援プランを作成し、円滑な取得や職場復帰に取り組むと、年間5人を上限に1人28万5千円(生産性要件を満たした場合は36万円)が支給される。群馬労働局によると、昨年度県内で申請した事業所は6件だった。

【事業所の休業制度】
◎取得率低調 わずか2.2%
 家族の介護や看護のために仕事を辞めざるを得なくなる介護離職。総務省の就業構造基本調査によると、2016年10月から17年9月までの1年間に介護離職した人は全国で9万9100人。男女の割合をみると、女性が75%を占めた。
 15年に安倍内閣が「介護離職ゼロ」を政権の旗印の一つに掲げたことで、一時は8万1200人に減った。しかし、その後も介護離職に歯止めはかからず、目標値とは大きく懸け離れたままだ。
 厚生労働省の雇用均等基本調査で、介護休業制度の規定がある事業所の割合は19年度、事業所規模5人以上で74・0%に達している。一方、介護休業を取得した従業員がいる事業所はわずか2・2%だった。
 群馬労働局雇用環境・均等室の篠田幸一室長は「制度上の整備は進んでいるが、突然介護に直面したり、勤務先の制度を労働者が知らなかったりする場合などは、介護休業ではなく、年次有給休暇を取得しているケースがある」とした上で、「介護休業や介護休暇利用中は無給の場合が多いことも、取得が進まない理由ではないか」と分析している。

◎社会保障制度の周知を ワーク&ケアバランス研究所 和気美枝代表
 仕事と介護の両立支援に関係した育児・介護休業法の施行規則の改正で、1月から介護休暇を時間単位で取得できるようになった。今後、介護離職を防ぐために国や事業所が取り組むべきことは何か。「介護離職しない、させない」(毎日新聞出版)の著者で、ワーク&ケアバランス研究所(東京都渋谷区)の和気美枝代表に聞いた。
 ―介護離職が減らないのはなぜか。
 「介護とは何か」という本質の部分で、家族介護への正しい理解が深まっていないからだ。「介護=認知症」と考えている人が多く、例えば末期がんで余命3カ月の家族がいたとしても「看護だから介護保険サービスは使えない」と思っている。
 ―国は育児・介護休業法の改正を重ね、仕事と家庭の両立支援を進めている。
 同法は、企業と労働契約を結んで働いている会社員が、仕事と介護を両立するために申し出ることで労働の一部を免除してもらえる制度。時間外労働や深夜業の制限などが認められ、年5日間の介護休暇は1時間単位で取得できる。
 介護休業も、対象家族1人につき通算93日まで3回まで分割して取得できるようになった。休業している間、仕事との両立に向けた体制を整えることを目的としているが、こうした理解が進まない。申請する際、人事担当者と一緒に復職に向けた計画を立てることが望ましいが、担当者でさえ介護休業の使い方や介護体制の作り方を理解していないのが現状だ。
 日本人の「介護は家族がするもの」という価値観も影響している。パンク寸前まで頑張って制度を活用しないまま離職へと追い込まれるケースも少なくない。
 ―介護離職を防ぐため、事業者に取り組んでほしいことは。
 介護に特化せず、まずは社会保障制度について従業員に説明する機会を増やしてほしい。介護は、ある日突然やってくる。普段から制度に関する言葉に慣れておかないと、いざというときに使えない。事業者に求められるのはリスクマネジメント。貴重な働き手を失うことは大きな損失だ。支援プランを立てるなどして働きやすい職場環境をつくってほしい。
 介護休業は2週間前までの申請が必要なので、準備期間中に仕事の引き継ぎやシミュレーションができる。あえて言わせてもらうならば、インフルエンザで急に休むよりも混乱は少ないはずだ。

【視点】館林支局 御山まゆみ
◎家族支える仕組みを
 「最期まで自宅で」と望む人は多い。介護保険サービスを利用すれば家族の負担は軽減されるが、当事者が抱える問題を全て解決できるわけではない。先の見えない現状に苦悩し、行き場のない怒りを抱くことも。介護を担う家族の声なき声を拾い上げ、支援する仕組みを改めて考えなければならない。
 介護を理由に、仕事を辞めようと考える人もいる。厚生労働省は仕事と介護の両立を支援するケアマネジャーの養成に乗り出した。研修用のカリキュラムを3月に作成。自治体などを通じて普及を目指しており、県内の自治体が一日も早く動きだすよう期待したい。
 介護離職は年間10万人とされるが、氷山の一角に過ぎない。企業には、介護休業・休暇制度を利用しやすい職場環境づくりの必要性を認識してほしい。行政の後押しも欠かせない。新型コロナウイルスの影響下で在宅勤務など多様な働き方が広がった今だからこそ、できることがあるのではないか。
 初めての介護に誰もが戸惑い、マニュアル通りにはいかない。在宅介護をする人たちにとって、どんな支援が必要か―。今も明確な答えを見つけられずにいる。多くの声を聞かせてもらい、解決の糸口を探していきたい。

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