1《向き合う男性-上》妻の背、さすり続ける
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「不妊治療って何なのか全く知らなかった」と振り返る男性=5月、伊勢崎市
主な不妊治療

 深緑の木々に小雨がぱらついた。園児服姿の子どもたちが、ブランコから飛び降りて親元へ駆けた。

 初夏、群馬県伊勢崎市の公園。白髪交じりの男性(37)=同市=は家へ帰る子どもたちの姿を横目に、あの日の気持ちを思い出した。

 ―えっ、マジで。何するんだろ。めんどくさいとは言えないけど…。

 妻(37)に頼まれ、一緒に不妊治療の専門クリニック(高崎市)へ初めて出掛けた。2020年2月のことだった。1年半近くたった今も通院している。

 結婚は18年、34歳の時。1年後から妻は地元の産婦人科医院へ通うようになった。2人で専門クリニックへ転院するまで、それほど時間はかからなかった。

 初めての待合室は患者でいっぱいだった。1人で来ている女性が多かった。自分と同世代くらいの男の人もちらほらいた。

 身長、体重、筋肉量や脂肪量を計測。検尿もした。「飲酒は控えて。たばこはやめよう。運動はした方が良い。タンパク質を取ってね」。医師の診察が終わるまで、4時間くらいかかった。新型コロナウイルスの第1波、第2波の時期。日常生活にも気を使い、クリニックへ通い続けた。

 「生まれるんだ。やったね」。半年後の20年8月、妻と声が重なった。

 初診の後、排卵周期に合わせて性交する「タイミング治療」をした。医師の指導を受けて自慰行為の時期や頻度を調整。精液をカテーテルで子宮内に直接入れる「人工授精」も何回か試したが、できなかった。

 心身も、お金の負担も技術力も、それまで以上に求められる「高度生殖医療」へ臨むことになった。

 採取した卵子を、培養液を入れた容器の中で精子と受精させ、子宮に移植する「体外受精」に臨んだのは20年7月。まもなく受精卵が着床した。

 複数の卵子を採るため、排卵誘発剤を使った妻は、それまでになく気だるそうだった。妊娠を知った時、男性は肩が少しだけ軽くなった気がした。

 20年9月。受精卵は子宮内で死んでいた。翌月、妻は摘出手術を受けた。男性は背中をさすり続けた。

 今年2月、妻は2度目の体外受精に臨んだ。二つの受精卵を子宮へ移した。つわりが来たのは3月。この月の終わり、受精卵はまた子宮内で死んでいた。

 自分も妻も、治療で仕事を休むことが増えた。手取りは減った。申請すれば自治体からは助成金がもらえるが、もう数十万円を優に費やした。「お金、職場の理解。それがないと、とても(不妊治療は)できない」。政府は来年4月から不妊治療の保険適用を始める方針。日本生殖医学会は23日、体外受精治療は有効などとする医療従事者向けの「生殖医療ガイドライン」を発表した。

 「早く保険適用になったほうが良い」。男性は強く感じている。

 治療を打ち明けたのは親しい数人だけ。「別に悪いことじゃないけど、心配させたくないから」。妊娠や流産は親にも伝えていない。

 受精卵はまだ凍結保存されている。夫妻はこの夏、再び体外受精に臨む。

 「いつまで? うん…。俺は(治療に)嫌な感じはしないから。今のところ、できるまでかな」

  ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 人口減少が加速する一方で、新たな命を巡る価値観が揺らいでいる。5組に1組が不妊治療に臨む時代。16人に1人は体外受精で生を授かるとされ、県内では近年、年に約750人が生まれたことになる。底流には、生き物としての生殖適齢期と社会環境のずれがあるようだ。シリーズ「揺らめくいのち」、第1部は不妊治療に直面する人たちに迫る。

 ※連載へのご意見やご感想、不妊治療の体験談などをメール(inochi@raijin.com)でお寄せください。秘密は厳守します。

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