2019/01/05【三山春秋】不勉強をさらすようだが…
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 ▼不勉強をさらすようだが、〈草津よいとこ一度はおいで〉の草津節は、歴史ある名湯で自然発生的に生まれたと思い込んでいた。実際は前橋市出身の民謡詩人、平井晩村(1884~1919年)の歌が原型とされる

 ▼18(大正7)年6月に草津を旅した晩村は紀行文『湯けむり』につづっている。〈草津よいとこ里への土産 袖に湯花の香が残る〉。これが湯治客に歌われるうち今の形になったという

 ▼翌年、3人の子を残し、35歳の若さで亡くなった晩村は謎が多い人物でもある。造り酒屋だったという生家の場所も諸説あったが、日本ペンクラブ会員の久保木宗一さん(70)が特定した(昨年11月28日付本紙)

 ▼市が保管する古い地図を手掛かりに、現在の国道50号に面した本町2丁目にある駐車場の一角と突き止めた。今後は家の造りや晩村の人物像まで分かれば。取材した筆者にそう話していた

 ▼不思議な縁があるものだ。記事を見て、晩村の死後、その家に12年間住んでいた女性が現れた。久保木さんの小中学校同級生の母、岡田利子さん(93)だった。記憶から家の様子が鮮明によみがえる。さらに前橋桃井小時代の担任が晩村の次男という

 ▼「晩村は萩原朔太郎より早く全国デビューし、全てのジャンルをこなす天才文学者」(久保木さん)。今年は没後100年。再評価の年にしたい。

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