2019/01/12【三山春秋】俳人の村上鬼城はもともと軍人…
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 ▼俳人の村上鬼城はもともと軍人志望だったという。ところが18歳のときに耳を患い、夢を断念せざるを得なかった。当時は手話が普及していない時代。苦労が絶えなかったことは想像に難くない

 ▼後に才能が開花する鬼城の俳句を、高浜虚子は「耳ノ悪い事は不幸ではあるが、しかし貴君ノ主看が濃くなって他ノ及ばナイところあるハ耳ノために得たのだ」と評したという。自信となり、失意も少しばかりは癒やされたことだろう

 ▼さて、自分だったらどうか。突出した才があるわけではない。今は手話があるが、中途の失聴者や難聴者は習得が難しいともいわれる。途方に暮れるに違いない

 ▼だが手話ができなくても、話の内容をその場で素早く文字にして伝えてくれる人がいると知って、少し安心した。要約筆記者である。先月、太田市内の団体の会合で実演を見る機会があった

 ▼「聞く」「要約する」「書く」という作業を同時に進める姿に感銘を受けた。残念なのは県内に60人ほどしかいない点だ。登録には2年間の研修と統一試験の突破が必要であり、尻込みをする人がいても無理はない

 ▼ただ研修の過程では要約力や表現力、情報処理能力などが養われるともいわれる。聴覚障害者の安心と利便性向上につながるのなら、動機は「自分を磨くため」でもいい。一度挑戦してみてはいかがか。

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