2019/02/06【三山春秋】1991年1月8日、語り草になって…
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 ▼1991年1月8日、語り草になっているラグビーの試合があった。全国社会人大会決勝。三洋電機はロスタイムのラストワンプレーで60メートルの独走トライにより神戸製鋼に同点を許し、ゴールも決められて優勝を逃した

 ▼正直に言うと、華やかだった神鋼を応援していた。当時は三洋が群馬のチームという認識がなかった。サッカーのJリーグが始まる前だから、まだ「ホーム」「アウェー」という考えも薄かったのだと思う

 ▼ラグビーは試合が終われば「ノーサイド」だから、ホームという考えはなじまないのかもしれないが、記者となり、群馬県に本拠地を置く三洋に接すると「おらがチーム」と強く意識した

 ▼野武士軍団とも称されたスタイル、頂点まであと一歩を何度も繰り返した歴史も気に入った。後身にあたるパナソニックワイルドナイツが練習場所を太田市龍舞町から埼玉県営熊谷ラグビー場に移す(5日付本紙)

 ▼龍舞町にグラウンドができたのは97年。それ以前は大泉町にあった。足を運ぶといつも感じたのが、練習を見学するファンと選手との距離感の近さだった

 ▼今年のワールドカップ後に移転の見通しという。開催地である熊谷市の積極性がうかがえるが、群馬県ファンとの良好な関係を何かしら残してほしい。一ファンとしては、ホームチームとして熱を持って追い続けたい。

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