2019/03/08【三山春秋】「走るような」「刺すような」…
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 ▼「走るような」「刺すような」「焼けるような」とくれば、続く言葉は「痛み」。患者が医師に症状を伝えるための表現集にあった。ほかにも「割れるような」「締め付けるような」とあり、想像するだけで身がすくむ

 ▼痛みを味わい尽くしたと言えば、俳人・正岡子規だろう。1889(明治22)年5月9日夜に突然の喀血(かっけつ)、肺病と診断された。咽頭の赤さから「鳴いて血を吐く」と言われたホトトギス(子規)を俳号とした

 ▼群馬大名誉教授の後藤文夫さんは著書『漱石・子規の病を読む』で、子規の病気を肺結核による脊椎カリエス、下半身麻痺(まひ)、背部膿瘍(のうよう)、臀部瘻孔(でんぶじこう)、結核性痔瘻(じろう)と診断。鎮痛薬も完全には効きづらいと指摘する

 ▼病状の進行とともに、日記にはもだえ苦しむ様子がつづられる。脚は仁王のように膨れ、痛みは「五体すきなしといふ拷問」のよう。やり過ごすには人目をはばからず叫び、号泣するしかなかった

 ▼県立土屋文明記念文学館で17日まで、死の前日に書かれた「絶筆三句」と呼ばれる俳句幅が展示されている。河東碧梧桐によると、途切れ途切れに〈糸瓜( へちま )咲て痰(たん)のつまりし仏かな〉と書き終えると投げるように筆を捨て、苦しそうにせき込んだという

 ▼亡きがらを前にした母・八重の言葉が伝わる。「サア、も一遍痛いというてお見」。痛みに耐えた34年の生涯だった。

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