2019/05/01【三山春秋】新元号発表の2日後、渡良瀬…
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 ▼新元号発表の2日後、渡良瀬遊水地へ出掛けた。足尾鉱毒事件田中正造記念館(館林市)の事務局長、島野薫さんのお誘いだった。土盛りしてあるような箇所がいくつもあった

 ▼その地で暮らしていた人の家があった場所という。旧谷中村。足尾鉱毒事件の解決策として、国が進めた遊水地化に伴って廃村になった。住居の強制破壊もあった

 ▼足尾銅山の操業は明治に盛んになった。足尾で煙害が発生し、鉱毒によって水源地が汚染された渡良瀬川下流域の農地は荒廃した。日本の公害の原点とされる。操業停止を求めた住民らの運動はかなわなかった

 ▼廃村は明治末。鉱毒問題が治水問題にすりかえられたと指摘される。富国強兵・殖産興業という国策に住民らが翻弄ほんろうされた。遊水地の原型は大正になってできた。その後も鉱毒問題は終わらなかった

 ▼昭和に入り、1958年には廃鉱石などの堆積場が崩れ、太田市などに深刻な農業被害をもたらした。平成以降も、坑道から出る水を中和するための浄水場が稼働を続ける。島野さんらが取り組む足尾の植林も道のりは長いという

 ▼令和が幕を開けた。鉱毒問題関連の地を巡り、連綿と続く歴史を思う。鉱毒と闘い続けた田中正造の〈真の文明は〉で始まる言葉をかみしめた。ごく簡単に意訳すれば、環境を守り、人に優しい社会。そんな時代がいい。

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