2019/08/17【三山春秋】赤茶色にさびた直径約2センチの...
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 ▼赤茶色にさびた直径約2センチの弾丸は、タイル張りの柱の内部に10センチほど食い込み、74年前のその日から、ひっそりと時を刻んでいた

 ▼渋川市中心部に立つ渋川商工会議所会館に、太平洋戦争末期の機銃掃射の弾が残っている、と聞いて訪ねた。赤城や子持の山々を見渡せる2階北側のバルコニー。弾丸はその片隅にあった

 ▼1945年7月30日午前の渋川空襲。軍需工場や渋川駅、利根川に架かる大正橋などが被害に遭った。当時、渋川信用組合の社屋だった会館もその一つ。建物東側の外壁にも大きな被弾痕があり、戦禍を語り継ぐ貴重な存在となっている

 ▼渋川平和委員会(伊佐信義会長)は渋川空襲の様子を後世に残そうと毎年写真展を開く。被害状況を落とし込んだ地図や市内の戦跡を紹介するパネルのほか、学童疎開を受け入れた寺の記録などを展示。戦争が遠い場所ではなく、身近で、一人一人の日常の中で起こっていたことを伝える

 ▼展示を見た人から新たな証言が寄せられることもある。戦争体験者が減っていくなか、消えゆく爪痕に危機感を募らせる会員は「記録と記憶の掘り起こしが重要」と訴える

 ▼この夏も県内各地で戦争に関する催しが開かれている。被害の差こそあれ、どこも戦地だったのだ。記憶や埋もれている資料を表に出し、後の世代につなぐきっかけにしたい。

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