2020/01/19【三山春秋】「昭和三十六年ときの高崎市民…
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 ▼「昭和三十六年ときの高崎市民これを建つ」。高崎・群馬音楽センター前庭の石碑に刻まれた言葉である

 ▼高崎市の新文化ホール・高崎芸術劇場の備品購入を巡る官製談合事件で、劇場の館長、副館長らが逮捕されるという思いもよらない事態を知ってすぐに浮かんだのが、この碑だった

 ▼60年近く前に建設された群馬音楽センターは、総工費3億3500万円のうち3500万円が市民の寄付による。なぜそんなことができたのか。終戦直後に誕生した群馬交響楽団の生みの親、丸山勝広さんの著書『愛のシンフォニー-群馬交響楽団の38年』を読むと、その理由がわかる

 ▼文化の力を信じる人々の思いが重なり、区長会を通し市内全世帯から寄付を募ろうという異例の募金運動が繰り広げられたのである。その時の市民の熱気、「音楽のある街高崎」を形にする数々の活動の蓄積があったからこそ、新たな文化のシンボルとして高崎芸術劇場をつくることができたと言えるだろう

 ▼「市民からの信頼をいかに早く回復できるかが一番の課題」。不在だった劇場の館長になった児玉正蔵さん(高崎商工会議所会頭)が就任あいさつでこう述べた

 ▼信頼回復にはまず、群響をはじめとする 誇るべき高崎ならではの歴史、文化、市民の気概がこめられた石碑の言葉を、もう一度心に深く刻む必要がある。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事