2020/07/26【三山春秋】幕末から第2次大戦期までに建設...
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 ▼幕末から第2次大戦期までに建設され、日本の近代化を支えた建造物を文化遺産としてとらえる-。「近代化遺産」という用語のもつ意味を知り、大きな可能性を感じた記憶がある

 ▼全国に先駆け近代化遺産総合調査が群馬県と秋田県で行われたのは1990年から。それに先立ち、文化庁が造語したものだという

 ▼調査で絹産業遺産が群馬県に数多く残されていることが再確認され、「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界文化遺産登録につながった。影響はそれだけにとどまらない。交通、土木など他分野の遺産への認識も変わり、文化財として顧みられなかったものに光が当てられることになったのだ

 ▼国の文化審議会が中之条町太子おおし(旧六合村)の旧太子駅ホッパー棟を登録有形文化財とするよう答申した。戦争末期、同村の「群馬鉄山」の鉄鉱石を運ぶための貨物駅として建設された施設である

 ▼鉄山は戦後、国内2位の産出量を誇る鉄鉱山に発展し、復興に貢献した。しかし65年の操業停止後、ホッパー棟は取り壊されて一部が土中に埋められた

 ▼忘れられつつあった旧駅舎は再び注目される。2013年、同町が観光振興のため復元に着手し、18年から公開を始めた。そして今回の答申。各時代の人々の苦難の歩みを物語る遺構が歴史的遺産として認められ、保存の筋道ができたことを喜びたい。

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