2020/08/03【三山春秋】作家の深田久弥は日本百名山を...
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 ▼作家の深田久弥は日本百名山を選ぶに当たり、山の品格、歴史、個性の三つを基準にした。迷ったのは名峰の多い上信越の山々。群馬県から11座を選んだが、谷川連峰の仙ノ倉山、3県境に接する白砂山も候補だった

 ▼群馬の山々はたくさんの登山家を育てたが、なかでも「世界最強」と言われたのが山田昇(1950~89年)である。8000メートル峰14座のうち9座に登頂。世界3人目となる全14座登頂を視野に入れながら、冬のマッキンリーに散った

 ▼県山岳連盟のヒマラヤ遠征では先頭に立ち、ルートを切り開いた。78年のダウラギリⅠ峰ではナイフのような雪稜を進み、難所を乗り越えた途端に歩いてきたルートが崩落したこともあった

 ▼エベレスト登頂は無酸素を含め3度。それを可能にしたのは驚異的な身体能力だった。研究者が調べたところ、酸素摂取量は平均の1.5倍以上あった

 ▼沼田市の生家には山の道具などを収めた「ヒマラヤ資料館」がある。兄の豊さん(83)は世界の山々に挑む弟がうらやましかった。60歳のとき、足跡をたどって南米最高峰のアコンカグアに挑戦した。頂上では涙があふれたという

 ▼「弟は早く逝ってしまったが、いい人生だったと思う」。山田昇という登山家を知る人は減り、来館者も少なくなった。資料館は近く閉じるが、偉業は日本登山史に輝いている。

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