0202/10/16【三山春秋】落語「お血脈」の舞台の一つが...
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 ▼落語「お血脈けちみゃく」の舞台の一つが長野市の善光寺。寺に置かれたはんこを額にぺたんと押すと、どんな罪を犯しても極楽に行けると評判になり、巡礼者でにぎわう様子が語られる

 ▼1783(天明3)年、浅間山大噴火の後、善光寺の等順大僧正が嬬恋村鎌原に入り、救済活動をした際にもお守りとしてお血脈が配られたという。子の健やかな成長を願い、額に朱印を押す行事は東毛などに今も伝わる

 ▼政府はデジタル化の一環で行政手続きのはんこ使用廃止を進める。同調して県も、県提出書類の押印を原則廃止する方向だ。ただ、伝統ある「額にぺたん」はなくなるまい

 ▼はんこも絡んで収まらないのが、日本学術会議の任命拒否問題。菅義偉首相の押印がある決裁文書は99人のリスト。学術会議提出の105人の名簿を「見ていない」とする首相発言も「総合的、俯瞰ふかん的に」判断したはずだから解せない

 ▼落語では、皆が極楽に行くので閑古鳥の鳴く地獄側は石川五右衛門を善光寺に送り、はんこを盗みにかかる。五右衛門を送り込むがごとく、政府も「なかったことに」するつもりではなかろう

 ▼はんこを手にした五右衛門は自分の額にぺたん。大願成就、極楽へ。地獄の思惑は外れた。さて、政府はどうか。押印廃止は結構だが、同時にお願いしたいのは「判で押したような」説明の廃止だ。

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