2021/02/26【三山春秋】国会議事堂は1936年、着工から…
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 ▼国会議事堂は1936(昭和11)年、着工から17年の歳月をかけて完成した。ところが完成間近の冬に、巨費を投じてきた国の手で破壊の危機にひんしたことがある。85年前のきょう起きた二・二六事件の時だった

 ▼決起部隊に占拠された新議事堂を、軍艦が東京湾から艦砲射撃の照準に定めた。砲撃は免れたが、永田町では決起部隊による占拠が議事堂の使い初めとも語られる

 ▼自民党参院議員の羽生田俊さんの父、進さん(故人)は当時軍医候補生となったばかりの25歳。決起部隊に偶然所属していて首相官邸に突入した。岡田啓介首相と間違われて殺害された秘書官の検視などを担当したという。事件後、見習医官という立場から軍法会議では不起訴となった

 ▼俊さんの祖父、俊次さんは陸軍大臣宛てに息子の刑の減免を願う手紙を出し、代わって中国に出征。事件から2年後に青島で戦病死し、進さんはその死に目に立ち会えなかった

 ▼戦後、進さんは衆院議員となり、科学技術政務次官などを歴任した。俊さんは「おやじが次に官邸に入ったのは、バッジを着けた国会議員として。感慨深かったろうと思います」と静かに語る

 ▼雪景色の中で起きたクーデター未遂事件は、敗戦へと続く軍部台頭の歴史の一端だ。戦争の記憶が失われつつある今、忘れてはならない冬の日の事件である。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事