2021/03/31【三山春秋】3年前に98歳で亡くなった…
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 ▼3年前に98歳で亡くなった俳人・金子兜太さんが日本銀行を55歳で定年退職したときの肩書は「主査」だったらしい。旧東京帝大出身ながら、日本一巨大な金庫の鍵を預かる金庫番として仕事を終えた

 ▼埼玉県の秩父地方で育ち、海軍主計中尉として南洋トラック島に赴任。終戦後に捕虜となり、最後の復員船で帰国した。新しい国のために働こうと日銀に復職したが、賃金は低く、学閥がはびこっていた

 ▼従業員組合の初代事務局長に就き、出世の道が絶たれるという忠告を無視して活動した。レッドパージに巻き込まれ、日付を書き込めば即解雇という〈事実上の退職願〉を書かされ左遷された

 ▼職場では「冷や飯」をはんだが、季語や定型にとらわれない俳句はますますさえた。神戸では〈銀行員等朝より蛍光す烏賊いかのごとく〉、長崎では〈彎曲わんきょくし火傷し爆心地のマラソン〉の代表作を生んだ

 ▼定年退職後は本県の俳人・相葉有流の紹介で上武大教授を5年間務めた。本県との縁も深い。赤城山では〈蛾や金ぶん穀象もくる底なし月夜〉と詠んでいる

 ▼年度末のきょうは定年を迎えた人たちが職場を去る日でもある。順風満帆な人ばかりではなく、耐えてこの日を迎えた人もいるだろう。兜太さんの人生は定年からさらに輝いた。みなさんの第二の人生が実り多きものでありますように。

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