2021/09/09【三山春秋】歴史的に日本人の…
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 ▼歴史的に日本人の言語に対する価値観は、米国人と比べて低いそうだ。日本は国民が多くの背景情報を共有する社会であり、明快な話し方よりも、暗黙の了解や察し、遠回しな話し方により価値が置かれるのだと、社会言語学者の東照二氏が著書で指摘している

 ▼日本の文化では雄弁であることは時に不信感さえ持たれ、それは政界にも影響しているという。ところが「小泉劇場」と呼ばれた小泉純一郎首相の登場を機に、政治家の言葉がより注目されるようになった

 ▼明快な語り口とは対極にあった菅義偉首相が先週、自民党総裁選へ出馬しないことを表明した。官房長官時代から「言葉のない人」という印象が強かったが、役人が用意した文章を棒読みする記者会見や国会答弁に世の不信が募っていた

 ▼コロナ禍の折、党内では本県選出の国会議員を含めた多くの議員が、有事の宰相となった菅氏に同情的だった。しかし未曽有の難局だからこそ、自らの言葉で丁寧に、ひたむきに国民に語り掛けていたら状況は違ったのではないだろうか

 ▼「コロナ対策と総裁選は両立できない」。前日までとは真逆の不出馬表明にも、国民を納得させるような説明はなかった

 ▼非世襲で無派閥という異例の首相誕生に、当初の期待は大きかった。菅首相に自らの信念を語る覚悟さえあれば、口下手やなまりも国民から好感されたろうにと残念な思いがする。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事