2018/09/14【三山春秋】長々としたスピーチを聞かされて退屈…
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 ▼長々としたスピーチを聞かされて退屈した経験は、誰にでもあるに違いない。大概は偉い人の独りよがりな話や、下書き原稿を棒読みしている場合が多く、結婚式などではおなじみのシーンだ

 ▼話が長くても、その場の雰囲気を読み、時宜を得た内容であれば、聞く側は喜んで受け入れる。ただ原稿のないスピーチには落とし穴もある。太田市の清水聖義市長の「お粗末」発言である

 ▼市総合防災訓練のあいさつで、県防災ヘリコプター「はるな」の墜落事故に触れ、「防災をやる者が自分で自爆をしてしまった。全くお粗末だと思った」などと述べた

 ▼「運航管理側に対する発言で、事故に遭われた方々への言葉ではなかった」と釈明したが、当然だろう。犠牲者に対する発言ならば、首長としての資質が問われるところだ

 ▼市長は「表現力不足だった」と反省した。だが、問題はまさにその点にある。真意は別にあったとしても、現に傷ついたり不謹慎と感じたりした人がいたことを忘れてはならない

 ▼「これからは用意した原稿を読むことにする」とも市長は話した。そうではあるまい。会場の年齢層や雰囲気を考え、自身の言葉で伝える市長のスピーチを評価する市民は少なくない。肝要なのは、受け止める側に誤解を与えない配慮だ。トップの発言は重い。言葉選びはくれぐれも慎重に。

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