2018/12/07【三山春秋】歌人の若山牧水がみなかみ町を…
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 ▼歌人の若山牧水がみなかみ町を訪れて100年。功績を顕彰する全国大会が先月、同町で開かれた。シンポジウムには馬場あき子さんら歌壇を代表する3氏がそろい、旅と歌をテーマに語り合った

 ▼牧水は1885(明治18)年、宮崎県生まれ。全国を旅しながら8千首余りの歌を残した。男は強くあるべしという時代にあって、燃えるような恋、後に味わった失恋の痛みを赤裸々に詠み、時代の寵児(ちょうじ)となった

 ▼本県を旅したのは1918年と22年の2回。シンポジウムで馬場さんは「牧水はいろんな所を旅して紀行文を書いているが、読んで最後に残るのは『みなかみ紀行』だ」と指摘した

 ▼南国育ちの牧水が厳しい自然の中で生きる人々と初めて出会った。貧しくも一生懸命に働く人々と接したことが、『みなかみ紀行』を深く、豊かなものにしたと説明する

 ▼学校を訪ねれば、子どもたちは見ず知らずの牧水に興味津々だったのだろう。授業をのぞいた牧水は〈先生のあたまの禿(はげ)もたふとけれ此処(ここ)に死なむと教ふるならめ〉とユーモアあふれる歌を残している

 ▼〈谷川と名にこそ負へれこの村に聞ゆるはただ谷川ばかり〉。孫の榎本篁子さんによると、牧水は「谷川のせせらぎが聞こえる」と繰り返し、亡くなったそうだ。その胸中にはみなかみで見た清冽(せいれつ)な水が流れていたのかもしれない。

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