障害を越えるアート バラバラの個性を知る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 働き出すまで福祉の世界とは無縁だったが、一度だけ大学で障害者アートについての授業を受けたことがある。「アトリエ インカーブ」という、大阪にある団体の人が活動を紹介しに来ていた。

 同団体は知的障害の人たちが通ってくる福祉施設として事業を運営し、アートに活動内容を特化させている。利用者さんはアーティストと呼ばれ、アトリエで作品を作り、発表するときには「障害者」というのは出さない。あえてわからないようにして個人の作品の魅力で勝負している。

 スタッフの多くが芸術系の大学を出ていて、学芸員と社会福祉士両方の資格を持つことが推奨され、アートと福祉、両方の目を持っている。国内外で活動は成功を収め、作品はもちろん、なんだかもう全てがかっこいいのだ(HPを検索してほしい)。当時は全くわかっていなかったが、今となっては羨望(せんぼう)のまなざしで見上げるプロ集団である。

 講義は、スタッフが活動を話している間、一緒に来たアーティストが前の机で絵を描き、その様子をカメラで撮ってスクリーンで見せつつ進めていく、という形式だった。ライトを浴びながら制作している様子は、本当にかっこいいと思えた。

 最後の質疑応答の出来事が印象に残っている。一人の学生が感想とも質問ともいえない感じで話し始めた。どうやら「障害者をこんな遠くまで連れて来て、大衆の前で絵を描かせて、見せ物にしている」と憤っているようだった。

 スタッフは否定も肯定もせず「本当はどう感じているのか聞いていなかったかもしれない。今度じっくり聞いてみます」と、言われたことを素直に受け取って答えていた(本人を前に議論する内容でもなかったかもしれない)。私には意外な見方だったため、かっこいいと肯定していいのかわからなくなった。

 障害を持っている人たちの中で働く今わかったことは、目立ちたい人もいるし、目立ちたくない人もいる、本人に聞いたり推測しなければわからない、という当たり前のことだった。

 真面目で規律を守りたい人、不良風の人、いつも明るい人、働くのが好きな人、めんどくさがりの人。健常者と変わらず、いろいろな人がいる。できないことや苦手なことに程度の差があるとはいえ、なんだ一緒なのか、と最初の頃拍子抜けした記憶がある。接すれば接するほど知的障害があるから、自閉症だから、と画一的に見ることは難しいなと思う。

 あの憤っていた学生はきっと「弱くて意思が言えない保護すべき障害者」像ができあがってしまっていたのではないか(弱者への正義感が強いのは、良いことだが)。その後あの人はアーティスト個人を理解できたのかなあと時々思い出している。



NPO法人工房あかねアトリエART・ON支援員 上野理津子 高崎市大沢町

 【略歴】2013年、障がいを持っている人たちの芸術活動を支援する「NPO法人工房あかね」に入職。半年後より現職。高崎女子高―金沢美術工芸大芸術学専攻卒。

2018/12/28掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事