一実物にしかず 「本物」に直接ふれよう
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 先日、新大阪から東京行きの新幹線に乗ったとき、通路を挟んで反対側の席に、2~3歳くらいの女の子とお母さんが座っていた。時間とともに女の子のご機嫌はどんどん斜めになり、不平を訴える声が徐々に大きくなり、すぐにも泣きだしそうだった。そこで、お母さんがすかさずバッグから取り出したるは、まさに泣く子も黙る、タブレット端末だ。女の子はお気に入りの動画を見始めると、たちまちにこにこ顔になった。

 最近では、スマートフォンを所持していない人は少数派で、多くの人々が「スマホ」の恩恵を受けている。後世になったら、スマホ前、スマホ後、という時代区分ができるかもしれない。スマホの登場による最大の革命は、インターネットへの常時接続だろう。誰もが、いつでも、どこでも、情報収集や買い物がその場でできるうえ、SNS(ソーシャルネットワークサービス)への画像や動画を含めての投稿など、自分が簡単に情報発信者にもなれる。

 自然や生物が好きな人にとっても、インターネットは宝の山だ。かわいい動物、美しい植物、ぼくが大好きな、きのこや粘菌(変形菌)など、ありとあらゆる画像や動画を、簡単に見ることができる。百聞は一見にしかず、と言うが、例えば、子どもの頃から、画像や動画を通じて、いろいろなことを楽しんだり学んだりする機会があるのはとても素晴らしいと思う。暇つぶしにももってこいだ。

 しかし、あえて欲を言うなら、液晶画面に表示される画像や動画を見て満足するのではなく、野外へ出かけて、リアルな自然、リアルな生きものをぜひ見てほしいと思う。見るだけではなく、音を聞いて、匂いをかいで、触って、そしてときには味を確かめるなど、五感すべてで自然を感じてほしい。

 残念なことに、インターネットがもたらす情報は、玉石混交で嘘(うそ)やフェイクも多々あるが、目の前にある自然はすべてが紛れもない本物だ。

 最近では、親のスマホやタブレット端末を自由に操ることができる幼児も珍しくない。生まれたときから、パソコンなどのデジタル機器が身近にある世代を「デジタルネーティブ」などと呼ぶが、幼少にしてデジタル機器を使いこなす、彼ら彼女らはその最たるものだろう。だからこそ「本物」の世界をきちんと認識し、理解してほしいと思う。リアルな世界、リアルな自然に直接ふれることは、とても重要だ。われわれは手を伸ばせば必ず何かに触れる、現実世界に住んでいるのだ。

 樹木やコケやきのこならば、家の近所の公園や神社仏閣でも十分に探すことができる。動画できのこを見ることと、自然に生えているきのこを見るのとでは、その経験に、天と地ほどの差がある。

 百視聴は一実物にしかず、である。



写真家・作家 新井文彦 富岡市富岡

 【略歴】2011年からウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で「きのこの話」を連載中。著書に「粘菌生活のススメ」「森のきのこ、きのこの森」など。明治大卒。

2019/01/10掲載

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