県境なき地域学(2) 中央関東の風景の国宝
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 板倉町の宝福寺は浄土真宗の聖地である。1214年、宗祖親鸞が旧板倉沼の沼辺で称名念仏の専修を確信したのだ。後に妻恵信尼は、その場所を「上野国やらん、武蔵国やらん」と回想している。いま同町で群馬・栃木・埼玉の3県境が話題になっている。旧渡良瀬川と旧谷田川がY字に交わる水路のそこに立つと、恵信尼の言葉が体感できる。

 現旧渡良瀬川の川瀬には他にも3県境がある。茨城県古河市に渡る三国橋近くの栃木・茨城・埼玉県境、関宿城跡を望む江戸川(中世の渡良瀬川下流、太日川)の茨城・埼玉・千葉県境、水元公園に接する江戸川の埼玉・千葉・東京都県境である。現旧渡良瀬川は神奈川県を除く関東のすべての都県を接着しながら、関東平野の中央を流れている。群馬県の「鶴のくちばし」の造形は、この営為の賜物(たまもの)である。ここで、関東平野の都県境河川を集める現旧渡良瀬川流域を、仮に「中央関東」と地域区分してみよう。

 中央関東には河川や池沼に根ざした歴史と文化が卓越している。それを代表するのが、2011年に関東で最初に国の重要文化的景観に選定された、板倉町の「利根川・渡良瀬川合流域の水場の文化的景観」である。重要文化的景観は文化財保護法が定める文化財のひとつで、生活・生業という人びとの日常的な営みによって形成された景観を保存・活用するための制度である。「美しい」景観ではなく、地域の成り立ちを物語る「興味深い」景観で、別名「風景の国宝」とも呼ばれている。

 板倉町の「風景の国宝」は水防建築水塚や排水機場、河畔林や掘上田、雷電神社と参道などを構成要素としており、それらを動態的・一体的に保存・活用することを目的としているが、認知度を含め、整備の程はいかがだろうか。

 昨年3月、東京都葛飾区の江戸川などに由来する「葛飾柴又の文化的景観」が関東で2件目の「風景の国宝」に選定された。観光地としての柴又の人気は随一だが、景観文化財としては板倉町が先輩格だ。両町区には中央関東の姉妹景観地として、学術や観光面での連携を深めてほしい。

 館林市は文化庁が推奨する歴史文化基本構想を策定している。生活・生業を支えてきた城沼や多々良沼、群馬・栃木県境にして両毛地域の母なる川・渡良瀬川が地域の文化的ポテンシャルだ。これらの歴史文化遺産を「里沼」「沼辺」「境目」という景観概念で体系化し、保存・活用を図ることを目指す。

 板倉町の水場の3県境では、観光客がY字水路をまたいでにこっと笑い、V字を作ってSNSで全世界に拡散している。世界の誰かがそれを見てはっと気付く。地域を隔てる河海や境界線が実は地域をつないでいることに。それが恵信尼だったらきっとこうつぶやくだろう。「群馬やらん、埼玉やらんは数ならず」



県立女子大群馬学センター准教授 簗瀬大輔 伊勢崎市太田町

 【略歴】専門は日本中世史。県立歴史博物館を経て2018年から現職。群馬大非常勤講師。著書に『関東平野の中世』など。伊勢崎東高―国学院大。博士(歴史学)。

2019/02/01掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事