医師を目指す君へ(2) 大学で心身の基盤築く
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 私の在籍当時の医学部は、2年間の医学進学コースという教養課程と、その後4年間の医学部専門教育に分かれていました。入学後2年間は医学部らしい授業もなく、数学、英語、ドイツ語、政治学など、いろいろな勉強をし、よく友人と遊び、部活動に夢中になり、自由に過ごしました。試験の落第はありませんでしたが、難関な試験もあり、誰が留年してもおかしくない、厳しい一面もありました。

 医師は体力がないとできないということを、何となく気づいていたからでしょうか。当時は、多くの医学生が運動部に入り、私はバドミントン部で、医学部の学生が参加する東日本医科学生総合体育大会(東医体)に向け、本気で取り組んでいました。少なくとも、医師になってからの相当にきつい生活に耐える精神力と体力の基盤は、部活動でのさまざまな出来事により形成された気がします。

 5年生の主将の時には、医学部の大会ではシード選手になり、さらに上位にシードされる強い先輩とダブルスを組んで、多少の自信を持って、前橋市の大会の最上位のグループに参加しました。しかし、そのとき対戦した国体出場選手との試合では、大人と子どもほどの実力差があり、全く手も足も出なかったことが衝撃的で、井の中の蛙(かわず)であったことを痛感しました。

 以来、スポーツの世界で活躍する選手を、自己に厳しく、日々鍛錬を積み重ねているすごい人なのだと尊敬するようになりました。同時に、衝撃的な完敗を通じて、将来は自分自身の能力を客観的に評価し、得意分野を伸ばし、社会貢献できる医師になりたいとも感じました。

 医学生時代は部活動に真剣に取り組み、友人たちと青春を謳歌(おうか)していたことになりますが、「医師になったら遊ぶ時間はなく、学生の時によく遊べ」と、医師になったばかりの先輩がいつも言っていたことが、すり込まれていたのかもしれません。

 医師になる自覚が芽生え、漠然としてはいますが現実味が出てくるのは、多くの医学生が、解剖実習からだと思います。尊い献体を2人の医学生で、厳しい教官に指導を受けながら、身体の数え切れないほどある筋肉、神経などの位置と名前を覚えることになりますが、夜遅くまで、年末年始もほとんど休まず実習に取り組みました。

 医学部の卒業試験、その後の医師国家試験に合格するためには、全診療科の知識を身につけなければなりませんが、5年生までは決してまじめな医学生ではなく、優秀な同級生に授業の要点を教わり、助けられていました。ただ、試験は自分で何とかしなければなりませんので、医師になりたい一心で、6年生の夏の東医体後に生活は一変。寝食以外は、生活のほとんどを医師になるための勉強にあてて過ごすことになります。



黒沢病院院長 伊藤一人 玉村町斎田

 【略歴】群馬大大学院医学系研究科泌尿器科学准教授を経て現職。前立腺研究財団・前立腺がん撲滅推進委員。専門は泌尿器腫瘍全般、がん予防医学。群馬大医学部卒。

2019/02/02掲載

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