自然と共存すること 見えないものの大切さ
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 きのこは、カビや酵母と同じく、菌類だ。もしかしたら、植物の仲間だと誤解している人も少なくないかもしれないが、どちらかというと、植物よりも動物に近い生物である。

 では、きのことカビの違いは何かというと、胞子をつくって放出するための生殖器官・子実体が、肉眼で見えるのがきのこ、見えないのがカビだ。きのことカビはほとんど同じ仲間だと言っていい。

 つまり、われわれが通常「きのこ」と呼んでいるものは、胞子をつくって散布するための生殖器官(子実体)のことであり、きのこの「本体」は、地中や樹木の中で糸状に伸びている菌糸なのである。

 シイタケの人工栽培は、ほだ木などに、きのこ(子実体)そのものを植え付けているイメージを持っている人がいるかもしれないが、実際には、きのこの本体である菌糸が植え付けられる。菌糸がほだ木を栄養にして十分に成長し、次の世代を残すべくつくった生殖器官(子実体)が、すなわちシイタケだ。

 人間は、さも自然を支配しているかのように振る舞っているが、実際のところは、まだまだ自然のことを完全に理解しているとは言えない。われわれは、目に見えているものこそすべてだと思いがちだが、きのこの「本体」が通常はその姿をほとんど見ることができない菌糸であるように、目に見えないものの存在とそれらの重要性もきちんと認識しておくべきだろう。

 自然を利用するだけではなく、自然と共存することこそが、これからわれわれが生きていくうえで、とても重要な課題になるだろう。人間もまた、地球に存在している、自然の一部なのだから。

 自然を破壊し続けることは、自分たちの首を絞めることだ。きれいな空気も、海や川の清冽(せいれつ)な水も、タダなのではなく、値段がつけられないほどの価値があると言うことだ。水を買って飲むことは当たり前になりつつあるが、近い将来、空気を買う時代がやってくるかもしれない。

 自然を知るには、野外へ出かけるのがいちばんだ。木々の葉を見て、それぞれの形にどんな意味があるのか、なぜその配列なのか、などと考えるのは楽しいし、何より、じっくり観察すると、木の葉そのものの色や形の美しさに感動するかもしれない。

 落ちている木の葉を1万円で買う人はいないだろうが、実際に木の葉をつくるとなると、想像を絶する金額を要するどころか、人間はまだ木の葉一枚をつくる技術を持っていない、と考えれば、いかに自然が貴重か、実感できるのではないか。

 とはいえ、人間が生きていくためには、自然の利用が不可欠だ。せめて、身の回りにある自然、そしてそこで生きている大小さまざまな生きものに、尊敬と感謝の念を忘れないようにしたい。



写真家・作家 新井文彦 富岡市富岡

 【略歴】2011年からウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で「きのこの話」を連載中。著書に「粘菌生活のススメ」「森のきのこ、きのこの森」など。明治大卒。

2019/03/07掲載

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