K先生のカード 関心を持つことの意味
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 「としちゃん、合格したね」と高校の合格発表の日、K先生から電話がかかってきた。当時の群馬県は高校の合格者の名前が新聞紙面に載るので、誰もが教え子の合否を知ることができた。

 K先生は玉村町のM幼稚園の先生だった。場面緘黙(かんもく)のように誰とも話さない私のことを気にかけてくれた。園に行かない時には家に迎えにも来てくれた。3歳の時に両親が離婚し、私の心は小さくなっていたのだ。そんな私を気にかけてくれたのである。

 小学校に入学し私は普通の子どもになった。友達もできてK先生のことは記憶の中から消えた。でも気になることが年に1回だけ起きるようになる。クリスマスになると「元気ですか」「友達できましたか」とメッセージが入った差出人のわからないカードが届くのである。

 メッセージカードは私が中学3年になるまで続いた。最初は気にも留めなかったメッセージカードだが、思春期に入るとカードの差出人はK先生に違いないと思うようになった。そして高校合格の日にK先生が電話をしてきたのである。

 母は高揚した声で「K先生から電話だよ」と言った。母はずいぶん前からK先生だと知っていたようだ。あの時の私は、照れくさくて「ありがとうございます」とだけしか言えなかった。

 その40年後のことである。赴任していた大学でK先生の消息が聞けた。K先生は都内の老人ホームに住んでいた。今度は私が毎年、クリスマスに会いにいくことにした。今でも90歳のK先生と交流を続けている。還暦が近い私をK先生は今でも「としちゃん」と呼ぶ。いつまでたってもあの頃のままだ。

 K先生のカードは私に何を教えてくれたのだろう。それは「気にかけてあげること」、「関心を持ち続けること」である。こうした思いや心の態度は、相手に届かない一方的なものかもしれない。おせっかいかもしれない。でも、「誰かがどこかで気にしてくれている」という体験は、時に相手にとって人生の宝になる。

 「誰も私のことなんか気にしてくれない」とある患者さんが言う。そんな時、「私は気にしていますよ」と心の中でつぶやく。

 少子高齢化が進む日本では、孤独な人が増えた。誰にも知られずに亡くなっていく独居高齢者、愛情をもらえない子どもたち。世界中には支援が必要な人たちが大勢いる。飢餓で苦しむ人は8億2千万人、戦争孤児は1億4千万人以上いるという。こうした人たちに対して直接支援ができなくても、私たちは「関心を持つこと」だけはできるはずだ。

 マザー・テレサは言っている。「愛の反対は憎しみではなく無関心である」と。



精神科医 渡辺俊之 神奈川県厚木市

 【略歴】東海大大学院教授、高崎健康福祉大大学院特任教授を経て、2018年4月に高崎市で渡辺医院を開業。玉村町出身。中央高(現中央中等)―東海大医学部卒。

2019/03/22掲載

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