明治教育の意気込み 先人の情熱に学ぶこと
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 中之条町の高台にある旧吾妻第三小学校は1885年に建築費用5200円余りをかけて完成しました。134年前、明治18年のことです。当時の町の財政予算は年間およそ1620円でしたから、年間予算のほぼ3年分に相当する巨額投資だったことになります。群馬県にただ一つ残された明治洋風小学校建築の貴重な建物は、町のシンボルであり1978年に県の重要文化財に指定されました。

 18年に町役場庁舎として転用され、82年に歴史民俗資料館として開館しました。

 吾妻第三小学校を着工した1883年は、大不況の年で財源が全くありませんでした。投資に対して町民は、金がないのに洋風の小学校を作るなんて贅沢(ぜいたく)だと猛反対したそうです。しかし、子どもたちに充実した教育を受けさせるには、建物も立派でなければならないという一部の人々の呼び掛けによって献金を募り、県令楫取素彦らの指導と町民のひたむきな努力により2年半の歳月をかけて完成することができたのです。

 学校の周囲には見事な石垣が積まれていますが、これは隣町にあった刑務所から罪人を連れてきて積ませることで、費用を800円削減させたそうです。

 今風にいえばインスタ映えする建物で、100年以上前のデザインなのに古さを感じさせません。

 当時のリーダーが町民をどのように説得したのかつまびらかではありませんが、単に頭を下げて回った程度で賛同を得られたとは思えません。言葉だけで人の心を動かすことは不可能です。こころの琴線に触れるような行動を伴っていたのでしょう。

 明治の世の中は、現代とは異なり、前途洋々たる未来に向かって、希望に満ちあふれていたように思いがちです。そして、現代は少子高齢化と地方の過疎化が急速に進み、活力ある未来を想像するのが難しいようです。

 しかし、明治の人たちが現代にタイムスリップしたならば、私たちが高齢化で悩む姿は理解しがたいことでしょう。明治中期の平均寿命はわずか43歳前後です。

 50年ほど前の国際機関ローマクラブによる予測では、2020年には資源が枯渇し、人口爆発が起こり、世界中が飢えで苦しむと予想されています。実際、私たちを取り囲む環境はベストではないかもしれないけれど、現実は比較的好ましい環境と言えます。

 「思考は実現する」といわれるように、ポジティブな言動は前向きな未来を引き寄せます。ですからネガティブな言葉を口にする必要はありません。

 100年後の子孫たちに何を残すのか。歴史に身を置いて先人たちの言動を学ぶことにより、おのずと良い結果が生まれると思います。それが歴史を学ぶ意義であると思います。



中之条町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」館長 山口通喜 中之条町中之条町

 【略歴】パナソニックを早期退職した後、横浜開港資料館などに勤務し、2016年4月より現職。中之条町出身。東京外 国語大中国語学科卒。

2019/04/12掲載

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