外国人との付き合い④ 教育の抜本的な転換を
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 会社を退職後、幾つかの大学で講義を持った。決まって最前列に陣取り、食い入るように講義を聞き、「質問は」と問い掛けるとわれ先にと手を挙げるグル-プがいる。東アジアからの留学生たちだ。質問内容も私に議論を吹っかけてくるようなものが多い。自分の力を鍛えて来るべき勝負のときに備えるという気概が感じられる。

 一方わが同邦の学生たちは、小さい時から「優秀な学生とは先生が教えたことをいかに忠実に早く再現できる者」という教育を受けてきている。偏差値がこれの典型的なものだ。これを受動的学習(passive learning)という。だから彼らが私に要求するのは講義の「レジュメ」である。質問してくる学生もほとんどいない。

 「他人と異なる個性的な意見を持ったものが優秀な学生と考える」のが主体的学習(active learning)と言われ、欧米で採用され、アジアでも一般的になってきている。そこでは「異なった考えをぶつけ合うディベートから個性的な新しい考えが生まれる」という理念がある。

 また大学の段階で文系理系を厳密に区別せず歴史、文化、哲学などの一般教養も学ばせる。広い視野からの教育が画期的な発明発見を導き出すとの固い信念がある。日本では実務にすぐ役立つ科目を重視するのとは対照的である。

 私が初めて赴任したある途上国で長女をブリティッシュスクールの小学校に入れたが、授業参観に行って驚いたことがあった。歴史の授業で先生が生徒に歴史上の人物がどのように生きたかを教材として示し、その生き方に対して生徒一人一人の意見を言わせ、その後で生徒同士でディスカッションをさせている。

 最後に先生が意見を総括するが「こうゆう意見、ああゆう意見があった」と言うだけで「これが正しい」とは言わない。多様な考えがあってもよいという考え方だ。「歴史とは人間がどのように生きてきたのかを学ぶ学問である」という言葉が強く印象に残っている。「歴史とは受験のための暗記科目」であると考えられている日本とは全く違うなと思った。

 日本企業の風土はどうなっているかといえば、受動的学習の先生という文字を上司という文字に置き換えればよく、上司からの指示を待ち仕事をするのが基本になっている。

 日本の低成長が問題視されて久しいが、問題の本質にはこのように子どもたちを育てる教育の在り方そのものに原因の一つがあるのではないか。戦前は国家に、戦後は企業に役立つことを最大の眼目として行われてきた教育を今抜本的に改めて、世界で主流となっている「自立した個を育てる」主体的学習に大きく舵(かじ)を切り直す時が来ていると思う。



小林国際事務所代表 小林元 横浜市栄区

 【略歴】東レで欧州、アフリカ、中南米などの海外事業を担当。イタリア政府から勲章を授与される。明治大特別招聘教授。前橋市出身。前橋高―慶応大卒。

2019/05/10掲載

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