西関東という視点 生活圏情報が足りない
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 テレビ番組で北関東3県が揶揄(やゆ)ともとれる内容で扱われることがある。これは「都道府県魅力度ランキング」という調査で、茨城・栃木・群馬が低位を独占し続けていることの反映でもあろう。では、そもそも「北関東」という地域区分はどこから来たのだろうか。いろいろ調べてみたが明確な答えにたどり着けなかった。

 以前、全国紙の群馬版で休日のイベント情報として、茨城県取手市の情報が掲載されたことがあった。イベント内容は失念したが、どうして取手? と思った記憶がある。

 群馬から取手まで鉄道で行くとしたら、いったん東京の北千住か上野まで出なくてはならない。東京の情報も掲載されていたから、県民の足はそちらに向いたのではないか。

 その時、思ったのは群馬版にこのような情報を掲載したのは「同じ北関東」と考えたからではないかということだ。しかし群馬県民が取手まで行くのだろうかという疑問が湧く。要はなじみがないのだ。

 国土交通省に全国の公共交通機関を利用した各県相互間の旅客統計がある。2017年度の調査で、1年間の群馬から関東各県への動きは、多い順に、埼玉771万人、東京732万人、栃木168万人、千葉56万人、神奈川46万人、茨城24万人となっている。ちなみに長野は116万人、新潟は40万人である。数字を見ると茨城の少なさが目を引く。北陸の富山よりも少ないのだ。旅客に限ってだが、関係の薄い地域の情報を提供する意義があるのかどうかは明白だ。

 「北関東」は3県の結びつきではなく、東京の北の後衛という位置関係ゆえ存在しているのではないか。

 一方、近いのに情報が少ないのは埼玉県だ。群馬と埼玉は平地で長く県境を接しており、人の往来は活発である。利根川や神流川があっても大きな障害は感じられない。

 県南部では東京に出るのに、埼玉県内のJRの駅を利用する方も多いだろう。しかし、新聞では、本庄・深谷・熊谷・行田・羽生・加須など、群馬と接する地域ニュースはあまり入ってこない。栃木県の足利や佐野が「両毛」という枠で比較的多く情報提供されるのと対照的である。

 歴史的・文化的には群馬と埼玉は非常に縁が深く、「西関東」という地域区分に含まれる。両県にまたがる郷土食、煮ぼうとう・おきりこみの「たてっけえし」に象徴されるような共通する食文化もあり、言葉も同じ西関東方言を話す。生活圏・通婚圏でもある。

 報道でも東京視点の北関東でなく、群馬視点の西関東の見方を提案したい。

 念のため申し添えるが、茨城県に行く必要はないというわけではない。取手市には全国に四つしか残っていない江戸時代のさざえ堂がある。太田市の国重要文化財曹源寺栄螺堂(さざえどう)とあわせぜひご覧いただきたい。



太田市教委文化財課職員 菅間健司 太田市西矢島町

 【略歴】太田市教委文化財課長、教育部長などを務め2018年3月に退職。再任用職員として文化財の保護活用に努めている。高山彦九郎研究会会長。法政大社会学部卒。

2019/05/15掲載

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事