老々介護、介護疲れ 誰が彼らを守れるのか
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 今年は、選挙の年である。前回の「地域介護」の寄稿文は選挙の時期と重なるため、選挙絡みの事例について触れることを避けた。前半の統一地方選挙も一段落したので、特筆すべき事柄について記述しておきたい。

 私の県議選2期目の挑戦時には、妻のアルツハイマー病も進行していた。2007年春には、選挙戦に支障のないよう、妻を介護施設に入所させることを決断した。入所の期間は3月1日から4月10日までの41日間とした。まさに断腸の思いであった。

 このことを知ったSご夫妻から「待った」がかかった。さかのぼること、平成初期。当時、私が地元町会役員。隣の町会のSさんが町会長の要職にあった。Sさんは書道教室を主宰していた。書道に関心のあった私は門下生となった。その後、市議会議員の公務遂行に追われて中断。私の後を追うようにして、妻がSさんに師事した。このような経緯を経て、Sご夫妻には格別なご厚誼(こうぎ)をいただいた。

 ご夫妻が妻の入所に「待った」をかけた時、お二人ともすでに、80歳を超えていた。忘れもしない3月4日、ご夫妻から意外なお声掛けをいただいた。「施設に預けておくのはかわいそうだ。うちで預かる」というものであった。

 私は、この言葉にわが耳を疑った。認知症の介護は、そんな生易しいものではない。第一、この老ご夫妻が途中で倒れてしまうのではないか。一方で、妻がSさん宅での生活になじむことことができるかどうか。両面からの不安感を抱いた。私の心配をよそに、なんと、実の親子関係のごとき日々を過ごしていた。

 選挙も所期の目的を果たした。Sご夫妻も、体調不調を招くこともなかった。しかも妻に要した費用一切を受け取っていただけなかった。文字通り、無償の愛を享受することとなった。

 あれから12年たった。ご夫妻は90歳を超えた。Sさんは週4日のデイサービスを利用していた。極度に腰が曲がってしまった奥さまはヘルパーによる介助支援を受けていた。老老介護である。

 本年3月、Sさんの不在時に、奥さまからSOSが発信された。「もう、限界です。どこか施設を紹介してほしい」

 気丈で我慢強い奥さまからの悲痛の叫びである。今度は、私が恩返しをする局面を迎えた。早速、友人が経営する有料老人ホームを紹介した。幸いにも、夫婦同居の部屋が空いていた。

 4月1日、仮入所することになった。ご夫妻が施設生活に慣れたかどうか確認する意味もあって、時折、施設を訪問している。わが妻の施設対応に変化が生じた。特養のみとりに同意していたが、初春から再び、前橋市内の病院に入院した。果てしなく続く介護生活に疲れを感じている。



若年認知症ぐんま家族会会長 大沢幸一 桐生市三吉町

 【略歴】2004年、55歳の妻がアルツハイマー病と診断される。06年に家族会設立、17年会長。著書に「妻が若年認知症になりました」。元桐生市議、県議。桐生工高卒。

2019/05/18掲載

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